青空に白い月


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 ごくごく自然に目を覚ますと、和希は、通常通りに軽く身なりを整え、木刀を使った素振りなどの鍛練も済ませると、幸に割り当てた部屋を訪れた。

 竜見家には、祖父の常用していた睡眠薬も、祖母が時折使う睡眠導入薬もあり、一服盛ることも考えたが、止めておくことにした。そんなことをしなくても、一方的な約束でも、守ってくれるだろうから――というのは、ただの楽観的な願望に過ぎないのだが、ちゃんといてくれるような気がしていた。

 またそれとは別に、幸が心身ともに消耗しているだろうことは確実で、日が昇る頃には目覚める和希よりも先に、目を覚まして出て行く可能性は少ない、と踏んでもいた。

 ちなみに、和希の部屋の向かいが幸に充てた部屋であり、その間に挟まれた庭で、祖父仕込の早朝鍛練を行うのが習慣となっている。

「おっはよーございまーす」

 コントのノリで勢いよく開けた障子は、小気味のいい音を立てて柱にぶつかって止まった。傷むからあまりやっていいことではないが、気分はいい。

 まだ眠っているのか、布団は盛り上がっている。

「…映画やなんかだと、こういうのは、既にも抜けの空でした、ってのが定例なんだよなあ…」

 不吉なことを呟きながら、そっと、頭に当たる方の布団をめくる。

 足があった。

 無言で、しばし固まった後でそっと元に戻して、今度は逆の方を、慎重に持ち上げる。

 頭があった。

 凄い寝相だ。布団に大きな乱れは見られないのに、百八十度回転。枕を足元に置く習慣でもない限り、やはり寝相の問題だろう。

「さっちゃーん、朝ですよー」

「…ん」

「着替え出してあるから。洗面所は、出て右」

「…んん」

 ちゃんと覚醒しているのかは怪しいが、とりあえず、差し当たっての要件だけ告げておく。目覚めて覚えていなくても、服が出してあれば察して着るだろう。とにかく、まだいることだけは確認できた。

 軽やかに身を起こした和希は、ふと思いついて、再び幸の耳元にひざまづく。

「単独行動取ったら、どうなるか。ちゃんとわかってることを願うよ?」

 睡眠学習並みの刷り込みだ。

 半ば嫌がらせを行って、和希は、今度は静かに障子を閉めると、北側の棟に歩を進めた。幸が起きる前に、要件をひとつ、済ませてしまおう。

 家は、L字型のようになっている。そこに、Lに二面を囲まれたように離れがあり、離れが和希の部屋で、西の端が幸に割り当てた部屋。北端が、祖母の部屋だ。旧式の和建築で、これも、山奥によくもと、思わされる。

 祖母の部屋の前まで行くと、和希は、正座して声を掛けた。

「お祖母様。おはようございます」

「おはようございます」

 若々しくはないが、張りのある声。

 和希は、障子を押し開けた。きちんと手入れがされているので、うっかりと開けすぎてしまいそうなくらいには速やかに滑る。

 わずかに緊張するのは、祖母と敵対するわけではないが、甘やかされた覚えもないからだろう。

「事後報告になりますが、昨夜、友人を泊めました」

「そうですか」

「そのことで、厄介ごとが持ち上がるかも知れないので、ご報告をと」

 ふ、と、笑う気配があった。下げていた頭を上げたが、残念ながら、笑うところは見逃してしまった。

 いっそ見事な白髪を、すきもなく結い上げた祖母は、年齢よりも若く見える。それには、背筋をきっちりと伸ばしていることも一役買っているだろう。

「本当に、あなたは要件しか話しませんね」

「そうですか?」

「ええ。節子さんから話は聞いています。友人――ということでいいのですね」

「はい」

 人、ではないかもしれないが、とは、心のうちでだけの呟きだ。

 祖母が、和希の男として育った部分を認めてくれるのは、ありがたい。そうやって育てたのが祖父だからということもあるのだろうが、それでも、いなくなったからといって態度を翻さなかったのは、助かる。

 祖父母は、親しむ相手ではないかもしれないが、敬愛する人たちではある。

「私も、まだ詳しくは聞いていませんが、下手をすると国の研究機関を敵に回しているかもしれません」

 国か、よほど財力のある施設機関か。漫画じみた推測だが、外れてはいないだろうと思う。

「そこの関係者に、友人の保護者が囚われているかもしれないのです。こちらにも、類が及ぶかも」

「しばらく、湯治にでも出かけましょうか。お友達と一緒に」

 祖母の友人やそのつながりには、政界の実力者や関係者も多い。そこであれば、何も起こらずにすむ、かも知れない。

 和希は、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「あなたたちは、言い出したら聞きませんからね」

「…ありがとうございます」

 頑固者の、祖父と母。祖父に逆らって駆け落ちまでしたという母は、今となっては話に聞くしかないが、やはり意思は強かったのだろう。蛙の子は蛙だ。

 静かに祖母の部屋を辞し、和希は、そっと息を吐いた。

 一体、予想しているうちのどれだけが実現するのか知らないが、どうにも大げさな話だ。和希を信用してか、他の理由からか、それを鵜呑みにして動いてくれる祖母も凄い。ほら話にとりあえず付き合ってやろう、という態度でないのは、判る。

「国が相手ねえ」

 確信に近いものはあるのだが、どうにも実感は薄い。苦笑いで色々と押しやって、和希は、再度幸の元へと足を向けた。節子に、朝食をそこへ運んでほしいと頼んであった。


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