青空に白い月


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「遅かったな」

 エレベーターで到着した社長室では、部屋の主よりもむしろ、巽の方が堂々としている。和希は、そんな巽に肩をすくめて応じると、おそらくは部屋の主だろう男に視線を向けた。

 ガラスのテーブルを挟んで向かい合うソファーの奥に置かれた、どっしりとした机と椅子。その机に肘をつく、両手を組み合わせた姿は、三流映画の黒幕のようだった。幸の家で会った黒服の男ではなく、しかし見覚えがあると思ったら、地方紙の取材を受けたことがあるためだった。もっとも、記事自体は読んでいなかったため、名前は知らなかったのだが。

 それにしても――肥満して病を患ったガマガエルめいている。

「座りなさい」

「ああ、自己紹介は不要ですか」

 独り言のように言って、巽の向かいのソファーに腰を落とす。ここまで案内してきた男は、部屋の中には入ってこなかった。外で番犬よろしく、見張っているのだろうか。

「君をここに呼んだのは、他でもない。是非とも、協力していただきたいと思っているのだよ」

「はぁ」

「我々は、今、岐路に立たされている。試練の時と言ってもいいだろう。酸性雨に環境破壊、地球温暖化と、早急な対応が迫られている。そのくらいは、君も耳にしているだろう?」

「小学校の理科で習う程度のことですからね」

 相手のあまりに表面を掬っただけの説明に対したつもりだが、通じなかったらしく、中年太りした男は、鷹揚そうに肯いた。

「そうだろう。それほどに、これらの問題は深刻化している。だが、対応が整っているかといえばそうではない。何もできずに、手を拱いているのが現状だ。我々は、それに対して、実に画期的な解決策を見出した」

 和希と巽が、それぞれに目で「どうする」と会話している間に、話は先に進む。今や男は、立ち上がり、演説の体勢に入っていた。

「太古の時代、この地球を支配していたものがあった。我々はそれを神と名付け、敬い畏れていたが、やがて、科学技術の進歩の前に、自然を擬態化したものだといった理屈をつけて、なかったものにしてしまった。しかし、本当にいたのだ。竜見君、君は知っているだろう。その目で見たはずだ」

 竜見、と呼びかけられ、うっかりと巽も反応してしまう。

 二人はそれに苦笑いしたが、ぎらぎらとした目つきの男は、和希の眼を覗き込む。不躾なそれに、ついと目を逸らす。

「実に驚くべき存在だった。あれは、天候も気候も、風の流れまでも、自在に操れるのだ。それを人が制御できれば、問題の多くが、すぐにも解決するとは思わないかね?」

「それが、こちらにどう関わってくるんです」

「気付いていないのかね。君は、あれのアキレス腱にもなれる。あの化け物は、君のことを気遣っただろう」

「つまり、人質に取りたいと、そういう申し出ですか」

「進んで協力してほしいといっているのだよ。君の能力を活かせば、研究者としてもすぐに頭角を現すだろう。あれも、君が己の意思で参加したのなら、大人しく従うとは思わないかね?」

 もういい加減にうんざりとしたが、男の目は、一層に光を放つ。ぬらりとした感触さえありそうで、和希は、知らないうちに身震いをしていた。

「高杉さんがいたと思うけど? 彼がいれば、十分じゃないのか。現に、長良幸はここに囚われている」

 そう言うと、途端に不機嫌そうに顔をしかめる。

 協力するどころか勝手に連れ出した男では、十分な手駒にできないのだろう。故意に聞かされた会話と巽のつての情報によれば、彼はまだ生きているはずだが、切り札が何であれ、失効したら、生死は問わず未来を与えるつもりはないだろう。

 和希は巽を見たが、かすかにそれとわかる風に、首を振られた。

 探索ついでに高杉を連れ出すよう頼んだのだが、まだ、時間を稼ぐ必要があるようだ。

「それで具体的に、研究者って何をするんです?」

「君には、すぐにしてもらいたいことがある。上田、このお嬢さんをもう一度おつれしなさい」

 話は全て聞こえていたのか、先ほどの黒眼鏡の男が、戸を開けて和希を促す。和希に続き、当然のように立ち上がった巽を咎めなかったのは、暴れたところでどうなるものでもないとでも、思われているのだろう。

 ああそうだ、と、和希は弁舌を振るった男を見た。

「ご高説は拝聴したけど、とりあえず一つだけ、訂正を求めよう」

「何かね?」

「ボクを気遣ったのは、長良幸であって化け物なんて名前のないものじゃない。まあ彼も、あなたなんかに名を呼ばれたくはないだろうけど」

 鼻で笑われた。理解を求めたかったわけでもない和希は、そんなものだろうと肩をすくめた。

 案内の、どうやら上田というらしい男は、何も言わずに、先ほど和希をつれてきたのとそっくり逆の道をたどって先導する。

「お前の友達は、そんなに大層な御仁なのか」

「らしいね」

 ふうんと、どこか気抜けする反応を聞きながら、和希は再び、エレベーターに乗り込んだ。

 滑らかに閉まった扉の中で、鉄の箱は、できる限りに静かに、下降する。

「ボクは、お涙頂戴の寸劇でもさせられるんですか」  

「立ち会っていただくだけのことです」

「何に?」

「すぐに判ります」

 感情の読めない短い会話の間に、目的の地下二階に到着してしまった。ところが、開かれたそこは、先ほど和希が見た状態とは変わっていた。

 がらんとしていた広い空間の真ん中に、手術台が移動されている。そこに、四肢を金属で固定されて、幸が寝かされている。体中に、モニタ観測のための、測量器具が取り付けられていた。少人数の、器具を設定し、観察する白衣の者らに混じって、黒服に黒眼鏡の者も、白衣よりはやや少ないくらいが立っていた。

 唇を噛み締め、足早に近付く和希のわき腹に、硬い物が押し当てられた。予想はしていたが、目で見て確認する。

「結局、信用はされてないってことか」

「今回ばかりは、ご容赦ください。以後は、あなたの働き次第です」

「以後があればな」

 いつの間にか寄り添う別の黒服に同様に拳銃を押し当てられた巽が、和希に並んで気楽に言った。はっとして、しかしそんな変化は気取られないよう、落ち着いて青年を見ると、口の端を持ち上げる笑みが返された。

 電波の届かない地下だが、巽は、報告を受け取ったようだった。

「妙なことは考えないでください」

「ここで何をやろうとしてるんだ? さすがに、目の前で人体解剖でもされると、後味が悪いんだが」

「そんなことはしません」

 それだけ言って、もう少し幸に近づくよう促す。台のすぐ横の位置で、止まることになった。何故かぐったりとしている様子が、見て取れた。どうにも、汗をかいていたようだ。

「幸?」

 呼びかけに口を開きかけたときに、突然、びくりと幸の体が痙攣した。咄嗟に伸ばしてしまった手が、黒服に掴まれる。

「失礼。ですが、触れないほうがいいですよ。今触れると、あなたまで感電してしまう」

「…電気を流したのか。何故」

「体力は削っておくにこしたことはありませんから」

「まだ、何をするつもりなのか訊いてなかったな」

 幸は、声が出ないのではなく、押し殺しているようだった。やがて、電流が止まったのか、痙攣が治まり、荒くなった呼吸と、汗だけが残る。

 さっそく、計測された反応の記録や分析に取り掛かる白衣たちの動きが感じられた。

 和希らの正面に、箱に入れられた銀色の輪状の金属が五つ、運ばれた。一つが少し大きめで、他の四つは大体同じくらいの大きさの、腕輪のようだ。

「腕時計を、外していただけますか」

「何故?」

「外さないなら、それでも構いませんよ。ただしその場合、これだけ体力の落ちている状態だと、下手をすると死に至るかもしれませんね」

「どういうことだ」

 これは、俺を抑えるためのものだ。昔はただの枷だったけど、それだと影響が強すぎて、ろくに考えることも出来なかった。    

 昨日の夜――もう、随分と前のようにも思えるけれど、そのとき。幸が口にした言葉を、思い出す。彼らは、その状態に戻そうとしているのだろう。そうして、和希と高杉という枷を二つ用意するほどに、恐れている。

 相手は、「神」なのだから。

「杉岡博士が提唱し、あちらの器具からその腕時計に、制御石を変えました。その取替えの際に、少なくない死傷者が出ました。全て嵌めてからその時計も外せばいいようなものですが、あの器具とその時計では、使っている石が違うようでしてね。同時に使えば、反発が起こる」

「その証拠が、少なくない死傷者、か」

「はい。付け加えれば、それからしばらく、彼も不調続きだったようですよ。一時は、この研究が終わるかと思われたほどに」

「なるほどね。外すだけでいいのか?」

「はい」

 いつの間にか、五つの輪の収まった箱の方には、五人の黒服と白衣の混成隊が控えている。

 和希は、幸の指を握った。電撃のせいか、指先は冷たかった。

「枷が邪魔だ」

 即座に、外すように指示が下る。

 左手だけ外れたその下の皮膚が、電流のせいか、軽く火傷を負っていて、和希は、眩暈の起こるような怒りに呑まれた。脇腹の拳銃さえ、忘れる。これでは、腕時計の下は、より酷いだろう。

「幸。外すよ」

 握った指先に反応はなく、意識がないだろうとは思っていた。

 ところが時計を外すと、目を開けた。

 縦長の、銀を散らした、金の虹彩。それだけでなく、髪までが一瞬で、銀に色を変えた。

 首輪をかけようとしていた黒服が、一睨みで足を止め、傍目に判るほどに汗をかいている。

 静まり返ってしまった空間の中に、みしりと、物の壊れる音がした。幸を拘束していた鉄の金具が、右手と両足、三つがほぼ同時に、手術台ごと引き剥がされる。

 幸の手を握っていた和希は、指先だけでなく、掌全体から体温が失われたのを感じた。

「ッ!」

 音に我に返ったのか、巽に銃を突きつけていた黒服が、「幸」に向けて発砲した。だが、体に届く前に、枷の鉄で跳ね返してしまう。兆弾は、天井に埋まったようだった。

「カズ!」

 黒服の動きで気を持ち直したのか、巽は、気付くと回り込み、和希の横にいた黒服を叩きのめし、愕然と銃を構えたままの男の手元を、蹴り飛ばした。

 和希も我に返り、握っていた手を、強く握り締める。

「走れる?」

「お前は…?」

「行こう」

 茫然とする白衣と黒服に手術台を蹴りこんだ巽に後ろを任せ、和希は、「幸」の手を取ったまま、走り出していた。  

 路上駐車していた車に飛び乗ると、運転席で雑誌を見ていた男が、ぽかんと口を開けた。確か、巽の高校時代の後輩だったはずだ。彼は、「幸」の姿を認めると、途端に表情を凍りつかせた。

「運転しないなら跳べ!」

 運転席のドアを開け、駆け込んできた巽は、容赦なく男を蹴飛ばし、無理やり助手席へと移らせた。小太りの体で窮屈そうにチェンジギアの上をまたぐが、そのときには、もうクラッチとアクセルを踏んでいる。そうして走り出すと、男がまだ座席に収まりきっていないにもかかわらず、無茶なギアチェンジで疾走する。

 どこへ向かうのかはわからないが、ビルの中では混乱が続いているのか、追ってくる気配はなかった。受付嬢は目を丸くしていたなと、そんなことを思い出す。

「柳、上着脱げ」

「は、はぁ?」

「一応、全裸は気の毒だろ」

 そんな二人の会話でようやく、和希は、幸が衣服を剥ぎ取られていたことに気付いた。すっかり失念していたのだが、これは目を逸らした方がいいのかと、窓の外に視線を向ける。どうやら、北上市の中心からは離れて行っているようだ。

 握り締めていた手は、和希の側は離したのだが、「幸」が離してくれないため、つないだままになっている。 

 前座席から渡された薄手のジャンパーを、「幸」は首を傾げて受け取らないので、代わりに和希がもらい、とりあえず腰のあたりにかけておく。

「この先どうする」

「うーん…とりあえず、着替えと休める場所だね。水無瀬さん、リバーサイド無背って判る? そこに、着替え一式があるはずだから、行ってくれない? 見張りも、いるかもだけど」

「それなら、うちに行くか」

「あ、うん。お願いします」

 バックミラー越しに、おっかなびっくりといった風に向けられる柳の視線に気付き、落ち着くまでにもうひと段落あることを思い出して、小さくため息を吐く。

 鏡越しに巽と目が合って、軽く肩をすくめられた。俺は知らないぞと、その瞳が言う。

「長良幸、って呼んで、判る?」

「お前は?」

 同じ声のはずなのだが、何故こうも、響きが違うのだろう。ただ一声で竦み上がりそうになる自分を叱咤して、和希は、「幸」を見た。

 そこにいるのは、神でなかったとしても、人ならぬものに違いないと思わせる存在だった。

「長良幸の友人。あなたは、幸ではないの?」

「ああ…そうか…カズキと、言ったか」

「え」

 何故名前を、と思ったが、とりあえず肯いた。「幸」は、ふっと微笑した。

「持っているものを貸せ。それをつければ、吾はナガラサチになる」

「え?」

 わかるようなわからないような言葉に戸惑っていると、「幸」の方から腕時計を取り、嵌めた。

 途端に、威圧的な空気が消え、髪の色が黒くなる。閉じられた瞼の下の虹彩も、人のそれに戻っていることだろう。

「あ。あぶな…っ」

 ぐらりと、力の抜けた幸の体が傾ぎ、そのまま右の窓ガラスにぶつかりそうになったところに手を伸ばしたのだが、勢いがつきすぎていたせいで逆に、反対に倒れ込んでしまう。抱きしめるような形のまま、揺れる車内で、押し倒されているような抱きかかえているような状態のまま、ろくに身動きが取れない。下手をしたら、シートの下に落ち込んで、余計に厄介なことになる。

「た、助けて…」

「無理だ。着くまで大人しくしてろ」

「そんなぁ」

 我ながら情けない声を上げながら、低温の幸の体が、徐々に人並みに体温を取り戻していくのが判り、それには安心した。しかし、このままの体勢は辛い。

「幸が起きたら何とかなるのに」

「おい。本当に、それでいのか?」

「え? 何が?」

「今の状況でそっちの少年が目を覚ましたら、お前、抱き合ってる状態だぞ」

 ああそうかと、そこでようやく気付く。それはまずいかもしれない。驚いた拍子に、やはり、シート下に落ちそうだ。

 水無瀬家に着くまでに、苦労して幸の体を動かし、膝に乗せる。到着したころには、その体勢で落ち着いていた。

「とりあえず、運ぶか」

 そう言って、幸を担いで行く巽を見送った。

 ふと気付いて、助手席に座る男を見遣った。こちらの様子を窺っていたのか、一瞬、眼が合う。

「ありがとうございました。手を貸していただいて、助かりました」

「え。あ、いや…」

 驚いたような反応に、首を傾げる。男は、逆に慌てたように、声を上げた。

「お、俺は、水無瀬さんにはお世話になったから、その、大したこともしてないし…」

「いえ。ありがとうございます」

「和希君、何やってるんだ。入って来いよ」

 車のドアが開けられ、巽が覗き込む。和希は、はいと言って、外に出た。

 なんとなく、気が抜けたような感じがある。

「柳、迷惑かけたな」

「水臭いっすよ」

 巽の言葉に照れたように笑う柳に、横からもう一度礼を言い、巽たちを置いて、古い木造の家に上がりこんだ。

 現在、この家は半ば空き家になっている。巽が無背を出てしまい、両親は既に亡くなっているので、今は、時々隣家の者に換気と掃除を頼んでいるくらいらしい。

 幼年時に度々遊びに来た和希は、家の配置も知っている。無人の家に、それでも「失礼します」と告げて、靴を脱ぐ。幸は、居間にでも寝かされているか、今でも時々寝泊りに使うという、巽の寝室辺りだろうと予想をつけた。

「いた」

 居間を経由して、唯一の二階部屋の巽の寝室に行くと、畳に敷かれた布団に、寝かされている幸の顔が見えた。

 先ほど目にした銀を散らした金の虹彩の他に、髪の色まで変わっていた。あれは、幸ではないのかもしれない。

「自分が自分でなくなるよう」だといっていたが、比喩ではなく、そのものだったのだろうか。あれが、神なのだろうか。それなら、何か特異の力を持っているのか。

 事態を把握し切れていない自覚は、あった。中途半端に関わり、中途半端に知っている。

「…生きててよかった」

 つい呟いてから、寝ている間に枷を外しておこうかと、布団の端をめくる。鉄自体は壊せないが、一緒にくっついた寝台の部分なら取り除けるだろう。

「うん?」

 指で削るように落としている途中で、声が漏れる。鉄枷の下には、火傷の痕があったはずだった。うっすらとしかないのかと思い、作業を進めて枷を外すが、やはり見当たらない。

 常人よりも高い、自己治癒能力でも備えているのだろうか。

 もう驚く気にもなれないなとぼやいて、和希は、両足も外しにかかった。右足はほとんど取れていて、辛うじて輪を保っている程度だった。左足の方も、手の部分よりも薄い。走ったためだろうか。

「和希君」

「はい。あれ、柳さんは?」

「帰した。何かあったら、また呼ぶとは言ってる」

「…ずっと不思議だったんだけど、水無瀬さんのあの無茶な要求も通るつてって何なの」

 つてというか、人員というか。

 突然呼び出され、一方的に用事を押し付けられても文句を言わず、かといって脅されている気配も、嫌々従っている様子もない。出会った当初のことはよく判らないが、少なくとも、巽が高校生になった頃には、彼らとの付き合いがあったと思われる。

 布団の傍らに正座する和希の横に胡坐をかき、そうだなと、記憶をたどるように目線を泳がせる。

「族の知り合いとか仲間とか、あとは地方極道の奴とか、そんなところだな」

「……何やってたの」

「竜見の家では、それなりに気を使ってたからな。無背から出なかったから知らなくても不思議じゃないが、一応、有名だったんだぞ」

 一応どころじゃなさそうだ、と思いながら、口をつぐむ。しかし、成績が良くて不良となると、学校関係者は、さぞかし不服だったことだろう。

「それより、これからどうするつもりだ」

 どうやら考えないようにしていたらしいことを正面切って訊かれ、ようやく、そのことに気付かされる。いくらなんでも、和希の手には余る事態だ。かといって、放棄もできない。

「杉岡さん、身柄の確保をお願いした人は、無事なんだよね?」

「多分な。はっきりと聞いたわけじゃないが。何しろ、あの地下だ。一方的とはいえ、通信手段が保たれていたことを褒めてほしいくらいだ」 

 今回連絡に使った器具は、巽の大学の友人の試作品だったらしい。大掛かりな電波などを介することのない離れた場所での連絡手段を研究しているということだが、現段階では、せいぜいがon/offが判る程度、それも、実験以外での使用は今回が初とのことだ。

 いやそうじゃなくてと、わずかとはいえ逸れた思考を戻す。

 巽は尋ねはしないが、これ以上巻き込むなら、知っているだけのことでも、全て打ち明けるべきだろう。そうでないなら、巽にも離れてもらった方がいい。

「…事情、聞きたい?」

「俺が決めることじゃない」

 判断を委ねようとしていた浅ましさをあっさりといなされてしまい、情けなさに溜息をついた。好きだが苦手という点において、巽は、祖母や節子と同じ位置にある。つまりは、家族に対するそれだ。甘えてしまうと判るだけに、苦手に思う部分がある。

 和希は、もう一つ溜息を落とすと、ここに至るまでの経緯を、かいつまんで話して聞かせた。

 話し声で幸を起こしてしまうことも考えられたが、むしろ、起きてもらったほうがいいからと、部屋を変えずにそのままで。

「つまり、梅雨蔡の由来は実話だったかもしれないってことか」

 話し終えての第一声がそれで、そういえばそうだと、気付かされて肯く。

「もっとも、龍神伝説はたくさんあるから、幸が無背の龍神とは限らないわけだけど」

「俺も、そこまでは言ってない。しかし、神なんて呼ばれてたものが、金属何ぞで取り押さえられるってのも、つまらない話だな」

「でも、河童は鉄が苦手で、狐は人のつばが嫌いで、なんて伝承もあるし。封じ込めるものがあったとしても、おかしくはないんじゃないかな」

「妖怪と神を同列にして、奉る奴が聞いたら卒倒するぞ」

「元々同じようなものだって説もあるんだから、このくらい大丈夫だって」

 二人とも、ふざけているわけではなく、ただ脱線しているだけだ。

 そんな会話をしているうちに、布団の上では幸が意識を取り戻していたのだが、話し込んでいた二人が気付くまでにしばらくかかり、和希が飲み物を探して立ち上がるまでには、更にもう少しかかった。



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