「…平和だー…」
背中には、冷たく硬い感触。
和希は、屋上に寝転んでいた。視界いっぱいに晴天だ。梅雨もそろそろ明けるだろう。
本来立ち入る者もいないこの場所は、管理する者もいないせいで、荒れに荒れていた。和希がここの鍵を手に入れたのも、偶然だ。
それにしても、草が生えているのは土や種が風で飛んできたからとして、ピンクの小さなプラスチックボールは、どこから入り込んだのか。
土砂崩れから数日。
幸いにも死者は出ず、しかし負傷者は多数。そして大雨は無背を中心とした北上市だけで、交通機関には大した被害はなく、巽は、宣言通りに帰ってしまった。とりあえず学校は再開し、昨日中に梅雨祭りの片付けは終わった。今日は通常授業。
日常が、無事に戻ってきた。
「こんなところで寝るなよ」
「うん? あ、幸。いつ来たの。もう放課後なんだけど?」
幸は、杉岡に会いに巽と共に無背を出ていた。もう戻らないかもしれないと思っていた分、その姿が意外で不思議で、嬉しかった。
無言で手を差し出され、少し戸惑いながらも素直に掴まり、身体を起こす。逆行に、笑っているように見え、驚いた。分かれて数日と経っていないというのに、随分と雰囲気が丸くなっている。
「杉岡さんは? これからどうするの?」
「神戸の大学で、とりあえず臨時採用。だから、俺だけ戻ってきた」
「へえ。あのアパートで一人暮らし?」
「いや。金がない」
「ああ。じゃあ、うちに来る? 部屋ならたくさん余ってる」
過去には、祖父の仕事関係者、あるいは道場を開いていた頃の門下生など、食客を多数抱えていた時代もあったらしく、部屋数はやたらと多い。今はその家に三人だけで、無背に誘致中の大学が移転してくれば、勿体ないし部屋も傷むから、下宿人でもとろうかとの話も出ている。
幸は、一瞬呆れたような顔をすると、深々と溜息をついて見せた。
「何?」
「いや。水無瀬の家を借りる」
「ああ、なるほど」
よく巽がと思うが、人の住まない家の傷みは激しいから、どちらにとっても悪い話ではないのだろう。
「じゃあ、学校は続けるんだ?」
「…とりあえずはな」
「そっか。せっかくだし、学校行事を思いっきり楽しもうね」
半月もしないうちに夏休みに入り、それが明ければ、体育祭に合唱コンクールと文化祭、二年生の修学旅行に合わせての郊外学習もある。あとは、冬休みを挟んでマラソンと焼き芋大会。
「……待て」
「ん?」
何故か渋い顔をする幸を、不思議に思って見つめる。
「そんなにあるのか…色々」
「うん。あ、秋にはタツ兄が一旦戻ってくるんだったね」
「早まったか、俺……」
呟く幸に笑いかけて、和希は、晴れた空を見上げた。
何の根拠もなく明日を保障してくれるようなそれが、心底嬉しい。そこには、雲の端に引っかかって、白い月も姿を見せていた。