月を仰ぎて夜を渡る


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 二度目の話し合いを申し入れると、今度は、明らかに厭なかおをされた。そこを、レオナルドが厚かましさで押し切ってしまう。

 教師と入れ替わりに教会に入って行ったミレイユの顔は、暗かった。

 今回は二階には上らず、夕暮れに近付いた空の下でのこととなった。

「残るというなら、もはや咎めはしません。しかし、祈りを捧げる人々の気を乱さないでいただきたい」

 厳しい口調と険しい表情での非難に、レイの気炎を上げる胸の片隅で、何かの間違いではないかと、願に似た思いが浮かぶ。己よりも、村人のために悩み苦しむ人。そうであれば、まだ村人たちも救われるのではないかと、思ってしまう。

 何よりも信じたがっているはずのミレイユが、認めてしまった後だというのに。未練がましい。

「それはすまなかった。だが、何よりも人心を掻き乱したのは、あんただろう」

「何のことです」

「俺たちを帰して、あのチビも村人と一緒に焼き払うつもりだったのか?」

「何か、勘違いをされているようですね。そんな妄言を聞かせるおつもりなら、戻らせていただきます」

「失敗すると判っていることをするなんて、ご苦労だったな」

 冷静に反論して戻りかけた青年は、ゆっくりと振り返った。

 幽鬼めいた様子にわずかに怯え、思わずシラスの腕にすがり付いてしまったレイは、慌てて離れた。この先、頼る人はいなくなるのだ。シラスやレオナルドがいてくれることに慣れてはいけないと、言い聞かせる。強く、ならなくては。

「何だと?」

「不死者の血肉を取り込ませて不死者を増やしたところで、使い物にならないって例を知ってる。あんたはただ、最悪の方法で人を死へと向かわせただけだ」

 すうと、教師の顔に笑みが上った。背筋が寒くなる。

 狂者のそれと言えばそうなのだが、更に上回る何かがあるようで、言い知れない恐怖を覚える。

「なんだ。そうと知っていれば、こんな無駄なことはしなかったものを」

「・・・何をした」

「何って、君が言い当てただろう。俺の血肉を食わせたんだ。それがどうかしたか」

 レオナルドと教師、二人のやり取りをただ見つめるしか、レイにはできなかった。

 ミレイユは今頃、村人たちに事の真相を伝えているはずだ。それぞれに戦う人たちの手助けさえできない自分が、どうしようもなく腹立たしかった。

「試した、のか・・・?」

「試した? ああ、そうだ。力を手に入れるのに犠牲はつき物だろう?」

「力、だと・・・?」

「そうだ。素晴らしい力じゃないか。斃れることのない体だ。望む者も多いだろう。そうして、気付く頃には、人は我々に駆逐されている」

 陰湿に明るく、笑う。

 狂ってやがると、レオナルドが吐き捨てた。教師はむしろ哀れむようにして、レオナルドに手を差し伸べた。

「一緒に来ないか。君も、仲間なのだろう。人の冷たいあしらいを嘆くなど、馬鹿げたことだ」

「悪いな。俺は、そこまで度量が広くない。シラス、お前どうする?」

「断る」

「・・・馬鹿ばかりだな」

 神の愛を説くように、教師は、笑んだ。

 気付くとレイは、剣を抜き放ち、打ちかかっていた。相手の右腕があっけなく落ち、見る間に腐り、液体から塵へと変化していく。

「レイ!」

 シラスに咎めるように名を呼ばれ、一瞬動きを止めるレイを見て、教師は、どこか面白そうに肩を――片方は軽くなってしまった肩を、すくめた。

「レオナルドさん!」

 二打目を構えたレイは、半ば叫びながら駆け寄ってきたミレイユを見て、その背後の赤に、目を奪われた。

 何故――教会に、炎が上がっている。

「油を被って火を・・・!」

「馬鹿、行くな!」

 レオナルドの声も耳には入ったが、レイは、寸分の躊躇いもなく、燃える建物へと飛び込んで行った。

 まだ、約束を果たしていない。


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