月を仰ぎて夜を渡る


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 翌朝、レイが目を覚ますと、老女の姿がなかった。

 首を傾げ、夜通しで話をしていたという二人の同行者に尋ねると、教会へ向かったとのことだった。用意をしていってくれた朝食を摂りながら、どうやら老女の話と大差ないらしかった村人たちの話を、聞くともなしに聞いた。

 村長の葬儀を行い、一環の会食を行って各々家に戻り、翌々日の朝、髪と瞳の色の変わったセレーヌを伴った教師の調べによって、己の変調を知らされたのだ。それまでは、既に表れていた食欲と眠りのなさを、一過性のものと考えていたらしい。

 そうとなると、葬儀の前後に、何かがあったのだろうか。

 レオナルドの仮説に当て嵌めると、村長が他の何を犠牲にしても生き延びたいと思っていて、死んだ人物となる。しかし、同じ仮説に沿って考えると、それで変化するのは、せいぜいが夫人のセレーヌだけのはずだ。

「実際にいつ起こったかっていうのは、ぼやけるからなあ。不死者になってたのに、思い込みで、食事を摂るし気絶の要領で眠ってたっていうのもあるからなあ。・・・でも何かしら、村長の死が関わってるよな、やっぱり。どうやってだ」

 頭をかきむしり、腕を組み、考える二人を見る。

「レオナルド、シラス」

「ん?」

「何だい?」

 二対の碧の瞳が向けられ、レイは、そっと剣に手をやった。

「どうやったら、この剣を使えるだろう。どうしたら、不死者を殺せる?」

 二人に問いかけたところで、解決できるとは思わない。ただ、これは決意だ。逃げていたことに立ち向かうための、決意。

「あなたたちやこの村の人たちを、殺せる?」

 この剣は、唯一解放するものだという。だが、殺すことには変わりない。

 そして、セレーヌたちを殺すなら、二人とも別れなければならない。口に出してからようやく、レイは、それを恐れている事を思い知った。

 頭に、手が置かれた。温もりの全く感じられないそれに、戸惑って見上げると、レオナルドが小さく笑っていた。

「ようやくってとこだけど、そう気負うなよ。がちがちに気を張ってたら、疲れるぞ。お前は俺たちとは違うんだからな。ほら、飯食ったら、あの胡散臭い青二才のところに行こう」

「・・・うん」

 いつもとは逆に、レオナルドが力付けてくれる。シラスは、黙ったままだ。

 そんな二人に肯くと、残っていたミルクを飲み干し、立ち上がった。どうすればいいのか判らず、とりあえず食器をまとめ置くに留めた。

 家を出ようと戸口を見ると、二人は既に、外に出ている。

 言うまでもないこの動きも、別れが近いと思うと胸のどこかが痛んだ。どうせ別れるなら、親しみを抱く前の方が良かったのかもしれない。

「しかしまあ、とんでもない話だな。下手すりゃ、一晩で十七人もの人間が、こうなったってことだろ?」

「・・・ああ。僕も、これだけ一度に人が変じたという話は、聞いたことがない。もっとも、君の方が長いのだから、何の足しにもならないだろうけれど」

「一緒に行動してたわけじゃない、他の場所の情報は有用だ。しかし、そうなると・・・会食があったって言ったな」

「え? ああ。古い習慣だね」

 歩きながらの会話に、レイは加わることなく、耳を傾けつつ、道々の様子を見る。やはり、人のいる気配はなかった。今日も、教会に集まっているのだろう。

 レオナルドが黙り込んでしまい、シラスは、困ったように肩をすくめた。

 葬儀の会食がどうしたのだろうと、今日も晴れた空を見上げて考える。

 亡くなった人の「気」を分けるという意味を持つそれは、カストリア教が入る以前からの風習で、同化するように取り入れたのだ。参加者が一口なりと同じものを食べるそれは、今では、用意が大変だからと敬遠されることが多くなっている。・・・らしい。ディーンの葬式も行わず、レイがそれに参加したことはない。だから全てが伝聞なのだが、どこで聞き知ったのかは思い出せない。

 何故か表情を険しくしたレオナルドにシラスがどう声をかけたものかと迷っているうちに、教会についてしまった。

 そっと古い扉を押し開けると、やはり人々は、石畳に跪き、祈りを捧げていた。

「教師サマ」

 割り入ったレオナルドの声に、祈りが止む。教師と、管理部に属する少年とが、非難めいた視線を向ける。村人たちのそれは、どこまでも虚ろだ。セレーヌさえも。

「この件で話を聞きたいんだが、構わないか。昨日、聞けなかったのはあんただけだからな」

「事態を好転させるというのなら、喜んで。ミレイユ、二階へご案内してください」

「でも先輩・・・はい」

 明らかに不承不承といった体の少年は、レイたちに、とりあえず外に出るよう促した。

 晴天の下で、金髪の少年は協会の尖塔をちらりと見やり、三人に視線を戻した。レオナルドが話していたからか、最終的に、そこに留まった。

「あなた方が、この村の怪事件を解決されようとしているということは聞いています。ですが、詐欺師にどうにかできるような事態ではありません」

「サギだぁ?」

 レオナルドの呆れ声に、少年は、むしろ哀れむように青い瞳を向けた。

「許されざるものたちを救うとうたった剣で詐欺を働く者は、残念ながら時折見かけます。最後の希望を抱く人たちに対して、あまりに酷い裏切りです。だから、僕――我々も、厳しい対処を取るのです。けれど、一度だけは、甘いでしょうけれど見逃します。だから、二度とこのようなことはせずに、すぐにこの村を立ち去ってください」

「随分なゴジヒだなあ?」 

「今夜、裁きを行います」

「火あぶりにするってのか」

 精一杯厳かに告げられた言葉に、レオナルドが皮肉な笑みを、シラスが痛ましげな表情を浮かべ、レイは我を忘れた。

「どうして・・・あの人たちを殺すの。苦しませて。何も、してないのに。・・・約束、したんだ・・・呪いを解くって、言ったんだ・・・!」

「やめろ、レイ」

 いつの間にか剣を握り、抜いていた。レオナルドに抱き止められ、はじめて気付く。

 空に似た色の瞳の少年は目を瞠り、そこには、紛れもない恐怖が張り付いていた。理解しがたいものを恐れる、それだった。

「チビ。お前のセンパイは、案内しろって言ったはずだろ。つれてけ。それとも口実で、二階なんてないのか?」

「こ――こちらに・・・」

 裏返った声を誤魔化す少年は、レイたちに完全には背を向けないようにしながら、隠すように作られた階段へと導いた。

 先を行くレオナルドとシラスの背中を見て、レイは、情けなさに唇を噛み締めた。あまりにも未熟だ。どうしてこんなにも、役に立たないのだろう。それどころか、希望をちらつかせて二人を縛り付けている行為は、断罪されてしかるべきなのかもしれない。

 そう思うと動けず、立ち尽くしていると、レオナルドが、次いでシラスが、振り向いた。

「何やってる、行くぞ」

「レイ?」

「――ごめんなさい」

 どうにかそれだけ搾り出しても、顔が上げられない。ごめんなさいと、自分の言葉が頭の中でこだまする。

「あんなガキ、少しびびらせたからどうだってんだ」

「聞こえるよ」

「隠してないし」

「だから君は、その口の悪さをどうにかするべきだよ。レイ。君は、思ったことを言っただけだろう? それは、謝る理由にはならないよ。先に気持ちを言えるようになっただけ、随分と成長している。レオナルドに見習わせたいくらいにね」

 「俺だって思ったことを言っただけなのに」というレオナルドのぼやきを完全に無視して、優しく、微笑みかけてくれる。

 ありがとうと、そう思い、何故か泣きそうにもなって、レイは、短く駆けて二人の服の裾をつかんだ。思いは、どうしてか言葉になってはくれなかった。

「行くぞ。お前も上がれ、チビ」

「はい、っ、僕はっ、チビじゃありませんっ、同年代ではこのくらいが多くて・・・まだまだ成長期なんですっ!」

「へいへい」

 早く行けと手であしらい、怒ったような足取りの後を追う。シラスに続き、レイも倣った。

 階段は狭く、いささか急だった。

 それを抜けると、小ぢんまりとした居住空間で、四人も入ると、それだけでかなり狭く感じられた。ここにも、うっすらと埃が積もっているところがある。

 教師がやってきたのは、しばらく経ってからのことだった。四人はそれまで無言で、教師が入ってくると、何故か少し驚いたかのように、視線を向けた。しかしそれも一瞬で、穏やかに後輩の少年を見る。

「ミレイユ。すみませんが、下をお願いします。皆さんが、祈りを続けられています」

「あ。はい。失礼します」

 ぺこりと、おそらくは教師にだけ頭を下げ、部屋を出て行く。

 教師はそれを見送り、わずかに苦笑を浮かべ、三人に顔を向けた。この教会関係者二人の年齢は、せいぜいが四つ五つ程度しか離れていないだろうが、言動には随分な差がある。

「申し訳ありません、落ち着きがなくて。とてもいい子なのですが・・・失礼、話があるということでしたね。何をお話すれば良いでしょう」

「今までの経緯を全部、話してくれ」

「構いませんが・・・昨夜、村の方々からお聞きになったのでは?」

「万全を期すタチなんでな。頼む」

「はい」

 そうして教師の語ったものは、レイが朝食時に聞いたものと大差なかった。ただ時折、懺悔のような文句や嘆きが混じり、もう少し詳しかった。

「・・・後は、あなた方もご存知の通りです」

「何個か、聞きたいことがある」

「どうぞ」

「まず、今夜火あぶりを決行するってことは、何故言わなかった?」

 はっと息を呑み目を瞠る。そしてすぐに、恥じるように顔を背けた。

「・・・申し訳ありません。あなた方は、炎事には反対していらしたようだったので・・・」

「うるさいから黙っとこうって?」

「違います。相容れなくても・・・これしか、手段はないのです。ですから、何も知らずにお引取り願えれば、気に病まずに済むかと・・・失礼致しました。浅慮でした」

 レオナルドは皮肉気に口の端を持ち上げ、ちらりとレイを見た。シラスからも気遣うような視線を向けられ、大丈夫、と、レイは小さく肯いた。

 レオナルドの仕切りを壊す気は、ない。

 教師は、軽く顔を伏せたまま、全身で何かに訴えるかのようだった。

「とりあえず、それに反対するのは置いとく。具体的には、どうするんだ?」

「・・・村ごと、焼き払います。村を囲む火避けの呪文を配しているので・・・火をつけます。ミレイユが、先ほどの少年が、最期を見届けてくれます」

「呪文なあ。森が丸焼けになるのがおちだと思うけど。まあいい、次だ。何故決行を決めた? それを避けたくて、総本山に何も言わずに、あんな博打みたいな依頼もしたんだろう?」

 教師が、どこか自嘲めいた笑みをこぼした。

 どこからか聞こえる音が、村人たちの祈りの声だと気付き、レイは、情けなさと焦燥感を覚えた。

「もう、手は尽くしました。本山からの使いが来てしまえば、逃れようもありません。・・・それに、記憶の欠落が見られるようになりました」

 シラスが、息を呑んだ。

 己を失った不死者は、斃れることのない化け物だ。それらと何度か対峙したレイも、そのことは、厭になるほどに知っている。誰一人望まない、哀れな化け物。

 その前兆は、感情の起伏が少なくなる、あるいは激しくなる、攻撃的になるなど幾つかあるが、記憶の欠落もその一つだった。

「皆で、決めたことです」

 きっぱりと告げる声に、レイは、虚ろに声の主を見た。

 約束を、守ろうと決めたのに。それなのに、どうして。

「セレーヌ夫人の旦那の葬儀で、会食には何を出した?」

 一瞥しただけで質問を続けるレオナルドに、教師は、戸惑ったような目を向けた。レイとシラスも、内容を不思議に思い、見つめる。

「ごく一般的なものですが・・・」

「具体的には?」

 揚げ足を取るような調子に腹を立てたのか、教師は、レオナルドを真正面から見据えた。 

「牛肉を賽の目状に切り、ワインと血で煮込んだスープと、固焼きのパン、ワインです。スープに使った調味料もお教えしましょうか? 必要なら、お目にかけますよ」

「いや、いい。材料は全て、ここのものだな」

「そのための教会です」

 村の教会は、いざというときの食料庫を兼ねている。そしてそれは、儀式などの際にも使われる。そのために、人々は収穫の何割かを教会に納めているのだ。

 教師は、他に何か、と、落ち着き払って訊き、今や、ほとんどレオナルドを睨みつけていた。しかし彼は、それを軽く受け流す。

「いや、質問は以上だ」

「それでは、早々にお引き取りください。厳しいようですが、あなた方にできることは何一つありません」

「いいや。最期くらい、見送らせてもらうさ」

「・・・お好きになさい」

「ああ、そうさせてもらう。ところで、あのチビ。しばらく借りていいか?」

 立ち上がった教師は、レオナルドを見下ろし、冷ややかに告げる。

「本人にお聞きください。彼は、物ではありません」


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