月を仰ぎて夜を渡る


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 声が、聞こえた。二人の声だ。

「起きるまで待たないのか」

「ええ・・・ちゃんとお礼を言いたいと思います。でも、ここに長くいれば、戻ったときに問い質されてしまいますから」

「起きたことがショックで呆けてた、なんて言いわけが通じるほど素人でもないしな」

「・・・気付いてたんですか」

「管理部で単独で動くのは、ある程度経験を積んでるからだろ。その年で、ってのは俺も驚いたけどな」

「もっとも、こんなことになっていると知っていたら、誰かつけたでしょうけど」

「いやに曖昧に言うな。あの剣があると判っていたら、だろ」

「厭になるなあ。本当に、お見通しなんですね」

 それまでの哀しげなものから、わずかに調子が変わる。いくらか軽く、少しばかり楽しげに。

「レイさんにも言いましたが、当面、あなたたちのことを報告するつもりはありませんので、ご心配なく」

「それはどうだかな」

「嘘をつくつもりはありませんよ。あくまで、とりあえずは、ですが」

「違う。俺は、忠告してやってるんだ」

「え?」

「洗いざらいかはともかく、ある程度は伝えた方が、多分身のためだ」

 間が開いて、レオナルドの声が続いた。

「あの教師の行動が組織ぐるみのものだったら、俺たちのことを報告しなければ、要らぬ疑いを招くことにもなるってことだ。まあ、そうだって確信もないんだがな。あいつは神学校を出て、正式に、教師としてここに赴任したんだろう?」

「・・・でも、だからといって・・・」

「あいつは、何故お前にも肉片を食わせなかった? 夕飯を食べたんだろう、あの教会で。お前を引きずり込めば、教会の追っ手も遅らせられるだろうのに、何故そうしなかった?」

 まあ、カワイイ後輩ってことで気が咎めたのかもな、と、あまりそうは考えていない風に言う。

「教会に戻ったら、そのうち先輩と再会、なんて可能性もあるわけだ」

 また少し、間があった。肩をすくめる気配がある。

「お前、相当早く成果でも上げてるんじゃないか?」

「・・・そう、ですね」

「それじゃあ、間違えて教会の子飼いまで滅さないようにか、反応見てどっぷり仲間に入れようってとこか。とにかく、試されてると考えても、あながち外れじゃないんじゃないか。見張りか、あの教師からの報告があれば、俺らがいたことくらいすぐにばれる。踏み込んでこないってことは、剣には気付いてないんだろうけどな」

「何故――そんなことを忠告してくれるんですか」

「安心しろ、ちゃんと下心がある。正直、お前がどうなろうと知ったこっちゃないさ。俺は、シラスやレイみたいに優しかないからな」

「・・・僕から、情報が伝わると困るということですか」

「当たり。思ったより馬鹿じゃないな。反逆者だってんで拷問で喋らされて、こっちまで捕まっちゃあ面白くないからな。教会相手じゃすぐにばれるだろうけど、それにしたって、もう少しくらい時間がほしい」

「そこまで聞いて、僕が全てを話すとは考えないんですか」

「上手く隠してたけど、気が緩んだらしいな。野心のある奴は判る。レイの剣は、ある種、教会には脅威だからな。逆に、上手く使えば上にいく武器になる」

 ミレイユは、笑ったようだった。溜息に似た笑みを落とし、戸を開ける。

「――では、失礼します。レイさんには・・・お互いに頑張りましょうと、伝えてください。それと、目覚めるのを待たずにすみません、ゆっくりと治してください、と」

「長いな。まあいい、伝えといてやるよ」

「お願いします。また、いつかお目にかかりましょう」

「ああ」

 戸が閉まった。

 そうして、おそらくはレオナルドが、どかりと寝台の傍の椅子に座り込んだ。

「だとよ。聞いてたか?」

 知っていたのかと、レイは、まぶたを開けた。

 飄々としたレオナルドが、からかうようにして覗き込んでいる。

「狸寝入りなんて、図太くなったな? どこから聞いてた」

「たぬ・・・っ」

「ああ、待て待て。ほらよ」

 コップを渡され、ゆっくりと体を起こそうとしていると、遅さにじれたのか、コップを奪い取ったレオナルドが、体を支え、枕を背に当ててくれた。

「まったく、よくそんな状態で歩いて来たな。剣まで持って」

「・・・悪いと、思ったから」

「あー・・・生真面目って言うか馬鹿正直って言うか律儀って言うか」

 呆れた眼差しに、決まり悪くなり、空のコップを掌で弄びながら、それをじっと見た。

 同じ手で、シラスを――セレーヌを、そして村の人たちを、殺した。

 この手で、己の意思で。

「ありがとうよ」

 だから、レオナルドの言葉は、まったくの予想外だった。

 思わず目を瞠ったレイを、逆に意外そうに、レオナルドが見つめ返した。

「なんだ、そこは聞いてなかったのか。あいつは、お前に感謝してるって、さっきのチビにも話したんだ。お前には、辛いだろうけどな」

 泣きそうになった。

 嬉しかったのではない。ただ、ただ泣きそうになった。

 レオナルドは、肩をすくめて見せた。

「じゃあ、俺がこの先も一緒に行くってのも聞いてないのか? ――どこから聞いてたんだよ」

 やはり驚いて見つめると、半ば呆れたように言葉を重ねる。

 どこと言われても、意識の戻ったはじめの方は、ぼんやりとしていて内容まではよく覚えていない。

「剣があるって知ってたら、どうとか・・・」

「そこか」

 やれやれ、と言い出しそうだった。そうして溜息を一つ落とすと、真っ向からレイを見据えた。

「俺を、お前の旅に同行させてほしい」

「・・・いいの・・・?」

「今まで黙ってたけど、元々俺は、まだそいつで切られるわけにはいかないんだ」

「どうして」

「何故切られたくないかって話なら、会いたい奴がいるからな。そいつとけりをつけるまでは、どうあってもここにいたいんだ。何故ここまで同行して、この先もかっていう話なら、その剣と狂いが、最大の敵だからな。敵というよりは、弱みか? 過去に、それを持って滅多やたらと不死者狩りをした奴がいてな。いつ殺されるか判らないよりは、その位置を知ってる方が楽だし、持ち主に俺を殺す意思がなければなおいい。自分で持てればいいんが、どうも不死者は持ち主にはなれないみたいでな」

 レイよりもよほど、剣のことを知っている。

 そう思ったのを察したのか、口の端を上げて微苦笑する。

「つかず離れずで見守ってたり、持ち主と旅をしてたこともあるからな。この数十年は見失ってたけど」

 では、出会ったときの、見つけた、という安堵したような言葉は嘘ではなかったわけだ。そう思ってから、そのときは隣にシラスがいたのだと、思い出し、どこかが痛んだ。

 レイは、いつの間にか――もしかしたら、はじめから、握り締めていた拳を開いた。ひきつった、治りきっていない火傷の痕がある。

「でも。いいの?」

「何が?」

「私は、どうして不死者がいるのかを調べようと思ってる。レオナルドの人探しを中心にしては動かない」

「レオでいい。特に情報があるわけじゃないから、どこに行っても同じだ。時々、別行動を取るかもしれないが、そのくらいだろう。それに、それは不死者を呼ぶからな。もしかしたら、奴も呼び寄せられて来るかもしれない」

 呼ぶ、と剣を見ても、やはりただの武器にしか見えない。

 レオナルドは、それをつついた。

「なんとなく、引き寄せるものがあるんだよ。どういった仕組みかは知らないけどな」

 そうして、軽くレイの頭を叩くと、立ち上がった。

「スープでも飲むか。二、三日休んだら俺が背負って町に行くから、とりあえず体力つけろ」

「歩ける」

「無茶して倒れたのはどこのどいつだ。どうせ疲れるわけでもないんだ、このくらい甘えとけ。その代わり、これで今まで目的黙ってたことと相殺だからな」

 言われなければ気付かなかったが、ここは素直に肯いておくことにした。実際、町まではそれなりの距離があったから、三日後としても少々心もとない。

 いっそ完全に回復するまでここに、とも思ったが、今回の件がレオナルドの予想通りにしろ違うにしろ、ミレイユの報告次第、村の建物が悪用されないよう壊すなり新しく入居者を募るなりして、その前に、清めるために教会の者が来るだろう。早く出た方がいい。

 開いた掌に見えるひきつれが戻れないと告げるかのようで、レイは、そっと指でなぞった。

 レオナルドは返事を待たずに部屋を出て行ってしまい、レイは、掌を抱きかかえるように胸に引き寄せた。まるで何かに祈るみたいだと、神を持たないレイは、人事のように思った。


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