「こんにちは」
「・・・レイか」
隻腕の老人は、眼帯で防がれていない右目を、ぎろりと向けた。
その瞳にわずかながら焦燥を見て、レイは、淡く微笑した。意識してのものではない。
「どうだった」
「教会が燃えて、終わりました」
「そうか」
「もう行きます。ディーンのこと、伝えなくてごめんなさい。さようなら」
そう告げると、老人は、何かを察したのか耐え切れなくなったのか、咄嗟に立ち上がりかけた。レイは、ゆっくりと首を振る。意識して冷たい眼差しを向け、唇を動かさずに小声で話す。
「何もしないで。疑いを招く必要はありません」
老人は、凍りついたように動きを止める。少しだけ、それを淋しく思った。でも、これでいい。
「ありがとう」
やはり唇を動かさずに告げて、背を向けた。
レイ自身が特別親しかったわけではないが、これ以上巻き込まずに済むのなら、それでいい。レオナルドには呆れられたが、確かな本心だ。
酒場の喧騒から出ると、入り口でレオナルドが待っていた。
「見張りはないみたいだ。杞憂だったな」
レイは首を振り、足早に店から離れた。宿は既に引き払っているから、そのまま町を後にする。
「いたみたい。そうでなかったら、話してくれただろうから」
それを聞いて、鈍ったかと、レオナルドは小さく呟いた。
今回レイたちが村に行くことになった依頼に、教会が噛んでいないかと言い出したのは、レオナルドだった。手紙で依頼されたということだから、村人に文字が書くどころか読めもしない以上、教師は何らかの形で関わっているはずだ。
教師にしてみれば、その依頼に従って誰かが来たところで邪魔なだけで、違ったことを書くなり途中で手紙を奪うなり、やろうと思えばできたはずだ。しかしそれをせず、教会とつながっているのなら、異端をあぶりだすための仕掛けに使ったのではないか、というのだ。
仲介人のクラルドは何も知らなかった、あるいはクラルド自身が教会とつながっている、見張りがついているといったことが考えられたが、会ってみての振る舞いで、答えは出た。
「どのみち、戻るだけ無駄だったんだよな」
既に何度も繰り返された話を蒸し返したレオナルドを睨みつけるが、怯む気配すらない。
「約束した」
「だからって、わざわざ」
「クラルドは、剣のことは伝えてない。それなら、礼儀は守るべきだ」
話していれば、見張り程度ではなく、取り囲まれていたはずだ。目をつけられた程度で済んだのは、クラルドのおかげだと、そう思う。
だがレオナルドは、それを鼻で笑った。
「それも、どれだけもつんだか。そもそも、そこまで思いやってくれるなら、巻き込むんじゃない。それが礼儀ってものじゃないのか。なあ?」
「殴るよ」
「は?」
言って即座に拳を振るうと、レオナルドは、勢いでひっくり返った。
「おい!」
「ちゃんと、先に一言いった。・・・シラスが、手を出す前に言った方がいいって言ってたから」
「いや、そういうことじゃないと思う」
がっくりとうなだれるレオナルドは、レイが首を傾げるのを見ると、溜息をついて苦笑いした。
「まあ、おいおい学んでくれ。俺の体が動かなくなる前にな」
「下手したら、一生だ」
「・・・妙なとこ、口達者になったよなあ、お前」
「レオを見習ってるんだけど」
真顔で言うと、立ち上がろうとしていたはずのレオナルドは、再び尻餅をついた。力なく、笑う。
レイは、自分の口にした言葉を胸の内で繰り返してみて、ああ、と呟いた。それは、望んではならない望みだ。そうなれば、レイは嬉しい。だがレオナルドには、辛いことだ。自分の口にしたことが叶わないといいなと思い、痛んだ胸を無視した。
「行くぞ!」
「うん」
何故か自棄気味のレオナルドに返事をして、また二人旅だなと、それだけを思い、レイは、大またで歩く相棒を追った。