「こんにちは」
昼とはいえ酒場で、酔客にかける言葉ではない。しかし、酔っているのは見せ掛けが大半なのだから、間違ってはいないだろうというのがレイの考えだ。
左目のところに眼帯をかけた隻腕の老人は、わずかに口の端を持ち上げて笑った。
「どこのガキかと思ったら、ディーンの秘蔵っ子か」
「仕事、ないですか?」
「急ぐな慌てるな。世の中、それが必要なことなんざ、案外一握りよ。まあ座んな」
急いでも慌ててもいないけど、と思いながらも、勧められるままに椅子に座る。古い木の椅子は、座り心地のいいものではないが、使い込まれて自然と磨かれた木は、穏やかに座る者を受け止める。木本来のぬくもりが、そろそろ冬が近いこともあって嬉しかった。
老人は、汚れたブリキのコップににごった酒を注ぎ、一つをレイに勧めた。応じて受け取ると、ほのかに柑橘類の匂いがした。果汁でもたらしているのだろうか。
「ディーンが死んでまで、まだこんなヤクザ業を続けてるのか」
「盗みよりましだから」
「ふん。最近、組んで動いてるらしいじゃねぇか。何者だ?」
「よく知らない」
「知らない、って・・・」
片方しかない目を丸くして、次いで、にやりと細められる。おそらくは、強い酒を一口飲んだレイが、大きくむせたためだろう。
そして老人は、まあいいさと、飲み干した自分のコップに酒を注ぎ足した。
「なあ、秘蔵っ子。ディーンからあれは受け継いだか?」
「剣のこと?」
「ああ。受け取ったんだな。それなら、ひとつ回してやろう」
「・・・不死者絡み?」
ぎろりと、黒目勝ちの瞳ににらみつけられる。レイは、びくりと身をすくめたものの、そのまま見つめ返した。
酒を呷る。
「あんまり、不用意に口にするんじゃぁねえ。教会のやつらが目の敵にしてるんだからな」
「ディーンも言ってた。何故?」
「あいつは、口下手だったからなあ」
ちらりと、レイの恩人の友人としての顔をのぞかせる。
久しぶりに立ち寄ったのは、仕事だけが目的ではなかったことに気付き、レイは、薄汚れた床に目線を逸らした。誤魔化すようにコップに口をつけ、そろりと液体を流し込む。喉と胸が、灼けるように熱くなった。
老人は、ひそめていた声を、さらにひそめた。
「教会じゃあ、不死者は罰を受けた者ってことになってるからな。そんな奴らにとって、特に苦しみもなく不死者を殺すそれは、とんでもない代物だってことだ。言いふらしたりしてないだろうな?」
「うん」
言いふらすも何も、しばらくはただの剣だと思っていた。ディーンの死は呆気ないほどに急で、何かを言い残す間もなかった。それ以前に、使っていないことはなかったのだろうが、レイには隠していたようだった。
わずかの伝言と文言は、たまたま行き掛かった人たちが読んではじめてわかった。レイは、ほとんど字が読めない。
そうして、剣の特性を知るのは、二人に会った一年ほど前のことだ。
ついと、隻眼が背に負った剣に向いた。
「使えてるのか」
首を振ると、肩をすくめて見せた。
「まあとにかく、形見だ。大事にしろ」
「ありがとう」
「ふん」
素っ気無く、テーブルに地図を乗せ、話し始める。要点をまとめたそれを、レイは頭に叩き込んだ。
「いいだろう、もう行け」
手荒く突き出された地図を受け取り、代わりにコップを置く。仲介料と酒代を払おうとすると、わずらわしげに手を振って断られた。
「だけど」
「代わりに・・・片付いたら報告に来い。必ずだ。ディーンみたいに、後で死を聞くなんざ真っ平だ」
そう言われて、自分のことに手一杯で、ディーンのことを何も知らせていなかったと、今になって気付いた。それでも、この老人は知っていた。
「ごめんなさい。ありがとう」
老人の節くれ立った手を握り、言葉を伝える。以前だったら出なかったかもしれない言葉が伝えられることが嬉しく、それ以上に紡ぎ出せないことが情けなかった。
老人は、驚いた顔をして、ゆっくりと、何故か泣きそうな笑みを浮かべた。レイの手を覆い隠すように、掌をかぶせる。
「名は、何といったか」
「ゼロ」
「それは、登録名だろう。そうじゃない」
「レイ」
ディーンの祖父が使っていたという文字では、同じ読みになるらしい。始まりを示すというそれが、レイは嫌いではなかった。
そうだったなと、老人は、遠い目をした。そうして、何かを断ち切るように、頭を振る。
「必ず、報告に来るんだぞ」
「はい」