月を仰ぎて夜を渡る


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 炎は教会の建物自体にはそれほどは移っていなかったが、火元――村人たちは、すっかり火達磨になっていた。

 常人なら、疾うに事切れている。だが不死となっている人々は、意識を手放すこともできず、苦しみ、のたうっている。

「おばさん!」

 獣のように声を上げる、炎の塊。レイは、その中からセレーヌを見つけ出し、炎の中を駆け寄った。しかし、声が届くことはなく、こちらを見ることもない。おそらく、今支配しているのは、痛みだけだ。

 剣を、老女だったものに突き立てた。それでも、それはもがき、逃れようと動く。

 炎に炙られて、何もかもが痛かった。

「闇よ」

 熱に、乾燥を防ごうと涙がこぼれた。しかしそれも、すぐに蒸発し、余計に痛みを残す。

「降り来たり、此の者を包め」

 熱された剣が、熱よりも痛みをもたらす。

「永きの鎖、尽きぬ夢よ、永久の前に跪け。――解き放て」

 剣を押さえていた腕が、対象が動かなくなったことを知らせた。

 そうしてレイは、半ば熱にうかされたように、老女だったものから剣を引き抜くと、炎の中を舞うように、かつて人だったものたちを刺し貫いていった。急所を突くだけで、それらはただの薪になっていく。

 やがて、炎以外に動くものがなくなると、レイはただ、立ち尽くした。

 剣が重くて、手放したいのに、握った柄が離れない。涙もなくなり、眼球が、煙と熱を吸った喉が、炙られる素肌が、火に焦がされた皮膚が、痛かった。

「出るぞ」

 いつからいたのだろう。レオナルドとシラスが、左右に立っていた。

 だがレイは、動けなかった。動かなかった。どちらからか掴まれた腕を、振り払う。

「レイ」

 もう、体中で痛くないところなど、ないような気がした。

「レイ! 僕は、今君を失うわけには行かないんだ! 僕を開放すると、言っただろう!?」

 シラスを見ると、やはり炎に炙られ、ひどい姿になっていた。痛くないはずがないのに、瞳は、揺らぐことなくレイを見つめる。

 金の髪に、碧の瞳。

 ああ、まだ守るべき約束は、残っていた。まだ――まだ、必要とされていた。

 炎の中で人外の二人に挟まれ、レイは意識を失った。


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