月を仰ぎて夜を渡る


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 村一つが丸々不死者となった、と聞き、何が不都合なのだろうと、レイは首を傾げた。

 大抵の不死者は、遅速の差はあるが、やがては人と物の区別もつかないほどに狂ってしまう。しかしそれは、老いることも死ぬこともなく、長くあり続けるせいでおかしくなってしまうだけのことで、人に混じって生きるものもないわけではない。村が丸ごととなれば、そのまま平穏にあり続けられるのではないか。

「うん? ちょっと待て、おかしくないか?」

 目的地と聞いている状況を告げるレイを遮り、レオナルドは顔をしかめた。

 宿の一室でのことだ。本来は六人部屋、多ければ十人ほどが一度に泊まるところだが、今日はすいているため、三人での貸しきり状態だった。ここまでが野宿だったこともあり、今夜は休み、翌朝に発つことになっている。不死者に休養は必要なくても、レイには必要だ。

「今まで見てきた中で、俺の仮説としては、どんなことをしても生き永らえたいと思ってる奴の側にいる奴が、不死者になるんだ。そうでなくても、それだけの人数が一度に変わるなんて聞いたこともないぞ」

「その仮説が、間違っているということではないのか?」

「そうかも知れないけど、でも、大量なのは妙だろ。十戸ってことは、二十人やそこらはいるんだろう?」

「うん」

 レオナルドとシラスの視線を受け、肯く。十七人と言っていた。全員が、老人だとも聞いている。

「それ、嘘じゃないとしても、教会にも連絡いってんじゃないか?」

 レイの持つ、不死者を滅することのできる剣を探し当てるための罠ではないかという考えは、もっともではある。しかし、レイは首を振った。 

「クラルドは、裏を取る。それに、村の人は恐れてるって、言ってた」

「クラルド?」

「今日会って来た仲介人」

 レイがクラルドと会っていた間に、レオナルドとシラスは、食料などの補充を済ませていた。睡眠同様、本来不死者に食事は必要ないが、体を損傷した場合、食物で失ったものを補うため、レイの分以上に備える必要があった。主に、干し肉だ。

 注釈を加えても訝しげな表情は消えず、また言葉が足りていないのかと、自身の発言を反芻する。

「熱心な信者の村なんだ。だから、そんな罪が現れたことに怯えてる、と、言ってた」

「ああ、なるほど。まあそんなもんかもな」

「だけど、熱心というのなら、進んで裁きを受けようとするのではないのか?」

「教会の裁きの中身を知った上で、言ってるのか」 

 ただ、視線を向けただけだ。それだけで、碧い瞳に気圧される。

 同じ色の瞳をしたシラスは、息を呑んでいた。

 不死者は、それ以前の外見や血筋がどんなものであれ、金髪碧眼になると言われる。レオナルドとシラス、それに今まで見てきた不死者を思い出すと、ただの噂ではなかったのかと思う。自分の夜の色をした髪と瞳は、嫌いではないが、二人の色はきれいだ。教会が説くような罪の証とは、なかなか信じられない。実際、違うのだろう。

 レイがぼんやりとそんなことを考えている間に、レオナルドは薄く笑んだ。

「一番慈悲深い処置が火あぶりだ。窒息死なんてできやしないから、体が徐々に炭になるのをじっくりと感じられる、ってわけだ。人の体ってのはなかなか燃えないもんだ。中には、ほとんど炭になっても動く奴さえいる。大体は痛みと恐怖に狂ってるが、中には『殺してくれ』なんて言う奴もいる。それでも、すぐに火あぶりにされるならまだましだ。大体は――」

「レオナルド」

 青ざめて黙り込んでいるシラスに代わって、何かに追い立てられるように言葉をほとばしらせるレオナルドを遮る。自嘲のような苦笑いが、口の端に浮かんだ。

 レオナルドもシラスも、時折狂気を覗かせる。それらは、不死者として生きざるを得なかった、長い年月を思わせた。

「じゃあその村の奴らは、こっそりとやってきて依頼して行ったわけだ」

「ううん」

「は?」

「村人たちは、そのことが判ってからは村を出てないって。こもりきってるって、言ってた」

 レオナルドが、呆れたように目線を寄越す。

「いつも必ず誰かが来る市に、誰も来なくて、様子を見に行った人が手紙を渡されたんだって」

 先を察して言うが、呆れ顔は変わらない。むしろ、強くなった気がする。

「そんな生活じゃあ、村の奴らが連絡をしなくてもいるだろうな。教会同士の連絡が取れなくなった時点で、怪しんで調べ出すだろう」

「うん。それは言ってた」

「あ?」

 呆れを通り越して、妙なかおになる。シラスからも見つめられ、レイはわずかに首を傾げた。妙なことを言っただろうか。

「教会の奴らはいない、って言ってなかったか」

「言ってない。教会に連絡はしてないって言った」

「結果が似たようなもんだったら、一緒に言えよ」

「レオナルドが遮った」

「あー・・・悪気ないのは判ってるけど、まどろっこしいな」

 そう言って短い髪を掻き分けるように頭をかきむしるレオナルドの様子も、やわらかく苦笑するシラスの反応も、よくわからない。それでも、悪くない空気だということは、知っている。

 和らいだ空気はしかし、眉を寄せたシラスが口を開くことで元に戻った。

「それなら、やめたほうがいいのではないか?」 

「うん。でも」

 その後が続かない。自分がぼんやりと感じることを、どうやって伝えればいいのかが判らなかった。

 村の人と話してみたい。教会側に裁きを委ねるのは厭だ。そう思っても、何故なのかがわからない。自分の感情なのに、何故こんなにも不自由なのだろう。心や感情は、レイには時折、怪物のように思えてしまう。

 それでも必死で答を探す。

「この剣が必要とされるなら、行くべきなんだと・・・思う」

「使いこなせないどころか、一度も成功したためしがないってのにか? いたずらに危険にさらすだけのことだろ。大体、もう焼け野原になってるかもしれない」

「それでも」

 そこで、次の言葉を探しあぐねて一度口を閉じる。二人は、呆れたように、心配したように、それでも続きを待ってくれる。

「二人は、ここにいて」

「は?」

「そうしたら、あたしだけで済む」

「阿呆」

「馬鹿なことを言うものじゃない」

 うんざりとしたように怒る言葉は、既に、出会ってから何度目になるだろう。死にたいのか、とも言われた。

 そんなことはない。

 ただレイは、生き残る方法と同じ位置に死んで得るものも並ぶだけのことなのだが、今までそのことを察してくれたのは、ディーンだけだった。言ったことはないのだが、何故か、察してくれていた。そうして、何も言わずに、ただ頭を撫でてくれた。

 死と生は、同じだけ転がっているものだ。

「仕方ない。明朝だな。そろそろ寝とけ」

 溜息とともに、そんな言葉が耳に入る。

 大人しく肯きながら、また、少しの間としても、一人旅に戻るのかと、取り留めなく考えながら横になった。


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