十四、五の少年にも見える人物、三十前後の男に見える人物、やはり三十前後に見えるがもう一人よりも線の細い人物、四、五歳の少女に見える人物。
四人が、焚き火を囲んで座っていた。すっかり闇に包まれ、月は昇っているが、四人のいるところからでは、取り囲む木々で真上の空しか見えず、姿がなかった。
「お前さあ。いつになったら使いこなせるの、それ」
「知らない」
素っ気無く言ったレイは、疲れてか、シラスの膝を枕に眠り込んでいる少女に、ぼんやりと目線を向けた。
幼い少女を連れ出すことが、今回の依頼のうちの一つだった。依頼主は、少女の両親。なかなかに裕福な家で、報酬は保証されている。
少女は、一組の男女の不死者に連れ去られていた。
不死者は、名の通りに死なない者。本来の、生まれ老い、死ぬ道筋を外れてしまった者たちの総称で、一カケラも残さずに殺さない限り、「死ぬ」ことはない。もっとも、細切れの状態でも「生きている」と呼べればのことではあるのだが。現在では、教会の教義が広く染み渡っていることもあり、罪や穢れの象徴とされるのが一般的だ。
「悪いと思うけど、できない」
「悪いと思ってる態度か、それ」
「レオナルド、そのくらいで止めておいた方がいい」
「なんだよシラス、お前もレイの味方か?」
「学習能力を備えた方がいいよ、君は。できるならの話だけど」
溜息を落とし、呆れたように告げるシラスの言葉は、響きとしては忠告のようだった。しかし、内容全てがそうとは限らない。レオナルドと呼ばれた男は、口を尖らせた。
「さっきだって、俺には火をつける予告もなしでさあ。あやうく丸焼けになるところだったんだぜ。冷たいよなー、二人とも」
放っておくと、延々と愚痴を言い続けそうな様子のレオナルドを前に、レイは唐突に鞘ごと剣を抜き出し、躊躇うことなく、レオナルドの頭を殴りつけた。殴られた方は、むっとした表情になり、見て来る、と言い置いて三人の側を離れてしまう。
シラスが、その背を見送って溜息をついた。
「・・・だから言ったのに。レイ、手を出す前にちゃんと言った方がいいよ。レオナルドはいらないことを言うけど、君は言葉が足りない」
「うん。・・・難しい」
レイは幼い頃に捨てられ、しばらくは盗みや使い走りで生き延びていた。そのうち行動を共にするようになった人物は、口数の少ない人だった。そのためか、レイ自身も、喋ることが嫌いなのかと思うくらいに口を開かなかった。
最近では、それでも、大分話すようになっている。
「動いた方が、早い」
「僕に注意をしてくれた。ありがとう」
にこりと、優しく笑いかけられ、レイは、つられるようにはにかんだ。
その視線が、シラスの膝の少女に向けられた。
「・・・大丈夫、かな」
「あの二人に育てられたのに、殺されたから?」
「それもある」
少女の生みの親は依頼者で、心底心配しているのだろうということは判っている。攫われていた数年間を、半狂乱になりながら、手を尽くして行方を捜していたのだから。
しかし少女は、その月日を二人の不死者に育てられていたのだ。ほとんど傷つけられた様子もなく健康だが、忌まれる不死者に育てられたという、見えない刻印。
レイが、言葉を手繰り寄せているのが判った。
「他の人たちが。不死者と一緒だったって知ったら、避けるから。きっと」
「それはあるだろうね。だけど、ずっとあの二人が育てるわけにもいかなかっただろう。思考ができなくなってきているようだったし、食べる物は全て盗んでいたから。大丈夫だよ。ご両親は、この子をずっと探していたのだから」
「・・・うん。そうだと、いい」
本心からに聞こえる言葉に、シラスは目を細めた。
レイは、行動はいささか乱暴だが、他を知らないだけであって、冷たいわけではない。この一年ほど行動を共にした間に、シラスにも、そのことが判っていた。
「ごめん」
「え?」
「剣、使えなくて」
「頑張ったから結果が出るというものでもないのだろう?」
レイは、肯き、首を振った。
「だけど。安心もしてるから。二人が―― 一緒にいてくれるから。ごめん。シラスたちは、そのためだけにいるのに。・・・ごめん」
レイの告白に、沈痛な面持ちになるが、シラスが否定の言葉を口にすることはない。
死をもたらしてもらうために、旅に同行している。それは、変えようのない事実で、狂おしいほどの希(のぞ)みだ。
不死者は、一片も残さずに殺さなければ滅びない。
しかしそれは、いささか不完全な二次手段でしかなく、もっと確実で安らかな死を選ぶならば、一振りの剣とその使い手に頼るしかなかった。その使い手が、今はレイなのだ。
小柄なレイでは、両手で支えなければ危うい剣。一般的な両刃の大剣は、以前の旅仲間から受け継いだものだ。
「レイ、そろそろ眠るといい。火の番は、きちんとしておくから」
「――ありがとう」
不死者には、基本としては、眠りも食事も必要がない。