月を仰ぎて夜を渡る


         10 11 12 13

 十四、五の少年にも見える人物、三十前後の男に見える人物、やはり三十前後に見えるがもう一人よりも線の細い人物、四、五歳の少女に見える人物。

 四人が、焚き火を囲んで座っていた。すっかり闇に包まれ、月は昇っているが、四人のいるところからでは、取り囲む木々で真上の空しか見えず、姿がなかった。

「お前さあ。いつになったら使いこなせるの、それ」

「知らない」

 素っ気無く言ったレイは、疲れてか、シラスの膝を枕に眠り込んでいる少女に、ぼんやりと目線を向けた。

 幼い少女を連れ出すことが、今回の依頼のうちの一つだった。依頼主は、少女の両親。なかなかに裕福な家で、報酬は保証されている。

 少女は、一組の男女の不死者に連れ去られていた。

 不死者は、名の通りに死なない者。本来の、生まれ老い、死ぬ道筋を外れてしまった者たちの総称で、一カケラも残さずに殺さない限り、「死ぬ」ことはない。もっとも、細切れの状態でも「生きている」と呼べればのことではあるのだが。現在では、教会の教義が広く染み渡っていることもあり、罪や穢れの象徴とされるのが一般的だ。

「悪いと思うけど、できない」

「悪いと思ってる態度か、それ」

「レオナルド、そのくらいで止めておいた方がいい」

「なんだよシラス、お前もレイの味方か?」

「学習能力を備えた方がいいよ、君は。できるならの話だけど」

 溜息を落とし、呆れたように告げるシラスの言葉は、響きとしては忠告のようだった。しかし、内容全てがそうとは限らない。レオナルドと呼ばれた男は、口を尖らせた。

「さっきだって、俺には火をつける予告もなしでさあ。あやうく丸焼けになるところだったんだぜ。冷たいよなー、二人とも」

 放っておくと、延々と愚痴を言い続けそうな様子のレオナルドを前に、レイは唐突に鞘ごと剣を抜き出し、躊躇うことなく、レオナルドの頭を殴りつけた。殴られた方は、むっとした表情になり、見て来る、と言い置いて三人の側を離れてしまう。

 シラスが、その背を見送って溜息をついた。

「・・・だから言ったのに。レイ、手を出す前にちゃんと言った方がいいよ。レオナルドはいらないことを言うけど、君は言葉が足りない」

「うん。・・・難しい」

 レイは幼い頃に捨てられ、しばらくは盗みや使い走りで生き延びていた。そのうち行動を共にするようになった人物は、口数の少ない人だった。そのためか、レイ自身も、喋ることが嫌いなのかと思うくらいに口を開かなかった。

 最近では、それでも、大分話すようになっている。

「動いた方が、早い」

「僕に注意をしてくれた。ありがとう」

 にこりと、優しく笑いかけられ、レイは、つられるようにはにかんだ。

 その視線が、シラスの膝の少女に向けられた。

「・・・大丈夫、かな」

「あの二人に育てられたのに、殺されたから?」

「それもある」

 少女の生みの親は依頼者で、心底心配しているのだろうということは判っている。攫われていた数年間を、半狂乱になりながら、手を尽くして行方を捜していたのだから。

 しかし少女は、その月日を二人の不死者に育てられていたのだ。ほとんど傷つけられた様子もなく健康だが、忌まれる不死者に育てられたという、見えない刻印。

 レイが、言葉を手繰り寄せているのが判った。

「他の人たちが。不死者と一緒だったって知ったら、避けるから。きっと」

「それはあるだろうね。だけど、ずっとあの二人が育てるわけにもいかなかっただろう。思考ができなくなってきているようだったし、食べる物は全て盗んでいたから。大丈夫だよ。ご両親は、この子をずっと探していたのだから」

「・・・うん。そうだと、いい」

 本心からに聞こえる言葉に、シラスは目を細めた。

 レイは、行動はいささか乱暴だが、他を知らないだけであって、冷たいわけではない。この一年ほど行動を共にした間に、シラスにも、そのことが判っていた。

「ごめん」

「え?」

「剣、使えなくて」

「頑張ったから結果が出るというものでもないのだろう?」

 レイは、肯き、首を振った。

「だけど。安心もしてるから。二人が―― 一緒にいてくれるから。ごめん。シラスたちは、そのためだけにいるのに。・・・ごめん」

 レイの告白に、沈痛な面持ちになるが、シラスが否定の言葉を口にすることはない。

 死をもたらしてもらうために、旅に同行している。それは、変えようのない事実で、狂おしいほどの希(のぞ)みだ。

 不死者は、一片も残さずに殺さなければ滅びない。

 しかしそれは、いささか不完全な二次手段でしかなく、もっと確実で安らかな死を選ぶならば、一振りの剣とその使い手に頼るしかなかった。その使い手が、今はレイなのだ。

 小柄なレイでは、両手で支えなければ危うい剣。一般的な両刃の大剣は、以前の旅仲間から受け継いだものだ。

「レイ、そろそろ眠るといい。火の番は、きちんとしておくから」

「――ありがとう」

 不死者には、基本としては、眠りも食事も必要がない。


         10 11 12 13


一覧
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送