人魚の言い分


         追記 番外

「じゃあ、それぞれお疲れさまでした」

 せっつかれたセリムは、渋々と、そう言って乾杯の音頭をとった。

 王府と役所に大掛かりな捜査の手が入り、密輸業者も粗方押さえられた後の、一日のことだ。セリムたち四人は、ささやかながら慰労会を行なっていた。

 夜に、アダムの部屋でということになったのは、イヴの時間の都合と、人目を避けてのことだった。やはり「王」は忙しく、顔も知られているので、迂闊なところに姿を見せると騒がれてしまう。

「本当に。深夜の見張り、毎日だった? よく体が保ったわね」

「短期で済むだろうと思ったから。それに、完全に徹夜だったわけでもないし」

 並べられた、リースが作ってくれた料理に早速手を伸ばしながら、セリムは穏やかに言葉を返した。

 実際のところ、かなり大変ではあった。保護区自体の警備は装置などの機械に任せているが、それらを総合的に見張る人間はいる。そのあたりに気付かれないように身をひそめておき、人目の少ない夜を見張り、密輸業者がやってくれば捕獲して連行する。

 捕獲には、妙な発明の好きな奇矯な同僚にもらった、投げるだけで網に捕らえるという試作品が有効に働いてくれたのだが、眠気だけはどうしようもない。協力を申し出たアダムと共に、一応仮眠も取っていたが、微々たるものでしかなく、自然、仕事中の居眠りも増えてしまっていた。

 おかげでこのところ、ろくに古文書が読めていない。それでなくても、度々、水棲生物の方で駆り出されていたというのに。

 そういった不満はあるが、ただの愚痴でしかなく、言ったところでどうなる種類のものでもない。むしろ、迷惑をかけたかと気に病まれるくらいだろう。それなら、口にしない方がずっといい。

「イヴの方こそ、大変だっただろう。日常業務の片手間で住むことでもないし。ありがとう」

「どういたしまして。だけどそもそもが、王の果たすべきことでもあるのだしね。あれで、完全に潰せたのだったらいいのだけど」

「末端には多少逃げられるかも知れないけど、これで、いくらか改善はされるだろうと思うよ」

「代わりに、見せ物になったけど」

 並んで座るセリムとイヴの会話に、アダムと話していたメーシャが、言葉を挟み込む。内容の割に淡々としているのは、比較してましだと認めているからだろう。

「色々押し掛けてきたわよ、セイブツガクシャだとかイッパンシミンだとか」

「そのおかげで、昼間の拉致は心配しなくて良くなってたんだろう」

「代わりに、何回か水揚げされたわよ。無理矢理」

 すっかり仲良くなったらしいメーシャとアダムを眺めながら、思わず微笑が浮かぶ。どこか似ていて、微笑ましかった。

「そのあたりは、支援団体ができたから、改善されると思うよ。少なくとも幹部は、信用のおける人たちだ。最終的には、人権を認めさせて、差別もなくす方向で動いてる。そのうち、ごく自然に、好きなところで暮らせるようにしたいね」

「私も、議会で推すつもりよ。ごめんなさい、なんて言って足りるものじゃないけれど、この先、できる限りのことは助力するわ」

「べ・・・別に私、イヴさんを責めてるわけじゃなくて」

「俺が悪かったよ、全部」 

「そ、そういうつもりでも」

 気まずそうに目線を逸らすが、セリムは、言った言葉に嘘はないつもりだ。

 勿論、一番悪いのは、人魚で秘密裏に儲けようとした王の一人とそれに付随する人々ではある。しかし、セリムが手を打っていれば妨害できていたかも知れないことも事実だ。

「そうそう。乾かせば尾ひれが足になるのも、歌に催眠効果があるのも、忘れてぼけーっとしてたのはメーシャたちの側だし。僕も、セリムが責任を感じることじゃないと思うけど?」

「やっぱり性格が悪いわよ、こいつ」

 冗談半分に睨み合う二人を、微笑するイヴと揃って見守る。

 セリムは、イヴが内偵を進める間、手を出してくる業者を自らの手で捕まえるつもりでいた。それまで野放しにして置くわけにはいかないが、王府にも任せられない。自分でやれば、全体の逮捕まで身柄を拘束しておいて、情報の漏洩を避けることもできる。

 しかし、夜はそれでいいのだが、問題は、日中のことだった。

 保護区は立入禁止ではないが、見学するには手続きを踏む必要があり、そこまでして申し込む者もそうはいない。人のいない隙を狙って、係の者と計って拉致されれば防ぎようがない。短期で済むとの予測はあっても、どのくらいなのかが判らなければ、仕事を休み続けることも難しい。

 それでも一度は、免職覚悟で、長く仮病を煩うしかないかと考えた。

 ところが、メーシャと話をしていて気付いたことがあった。セリムが古文献で知り得ていた尾のことも、歌のことも、人魚たち自身が忘れ去ってしまっているらしい。その上で、保護区の設備から見ても、人の側もそのことを知らずにいるらしい。

 それなら、あの文献を生物学が専門の者に読むように仕向ければいい。以前回したのは、別の分野へのことだった。

 セリムにとっては常識だったせいで、そこに気付くまでに時間がかかってしまっていた。あの日の夜に、イヴとアダムの姉弟を前に、以後の計画を話した時点では、一日中貼り付いているつもりでいたのだ。寸前で気付いて、助かったと言うべきだろう。

 事を仕向けると、確認され、一般に向けても公表された。おかげで、保護区は日々賑わったということだ。メーシャの言った通りに見せ物ではあるが、見物人たちに害意はなく、有益な壁になった。

 その一方で、それが密輸業者や買い手側にも伝わり、急遽の拉致を謀りもしたのだが、そちらは、人魚の歌と小道具で阻止した。捜査の公開と同時に、捉えていた者たちの引き渡しも完了している。

「そう言えば気になってたんだけど、セリム。歌声、どうして平気なんだ?」

「そうなの?」

 姉弟にまじまじとみつめられるが、いつかは来るだろうと予想していた問いかけだ。すぐに、返答の推論が思い浮かぶ。

 ワインで、喉を潤した。

「コウモリが、仲間の超音波で狂わないのと同じ事だと思うよ」

「は?」

「二人とも、俺の先祖の逸話、知らない?」

「あ」

「なるほど」

「何のこと?」

 それぞれに納得したイヴとアダムに、今度はメーシャが疑問を抱く。メーシャは、セリムに歌ってみて、と言われて歌いはしたが、そのことでの説明などはされていない。

 そのときは、自分の歌声にそんな効果があるとは知らずにいたこともあり、その後で知っても、そんな人間もいる、程度にしか考えなかった。

 セリムは、にこやかに笑みを返した。

「俺の先祖は、この辺りを治めていたことがあったらしくてね。その中に、人魚を妻に迎えた人もいたんだよ。先祖返りとでも言うのか、俺は、他の人に比べて水中でもいくらか呼吸が長く保ってね。一緒に、歌の耐性もあったってことだ」

 おかげで、夜の見張りの時に耳栓をせずに済んだ。

 乗り込んできた者の中には、耳栓をする者としない者とで組んでいたところもあったが、耳を塞いでいなければ歌声で眠ってしまい、塞いでいれば物音にも気付かずと、かなり捉えやすかった。

 セリムたちが似たような失態をせずに済んだのは、この体質のおかげだった。もっとも、無理であれば、人魚たちに歌の助勢は頼まずに済ませていたのだろうが。

「だから、リグ・ムア家は、人魚の自立に手を貸すはずだよ。ここまで注目されたら、そうしないわけにはいかないだろう。お伽話と、笑い飛ばせなくなったわけだし」

 唆すような笑顔だった。

 幼年時の恨みというわけではなく、利用できるものは、最大限に使うべきだという考えに基づいてのことだ。

「それで思い出したわ。セリム、あなたに、サガン・リグ・ムア王から伝言よ。次に王に直訴したいことがあったら、私のところに来い、ですって。弟なのに私の方に来たからって、外野の憶測がうるさかったらしいわ。昔付き合っていたから、ということで納得してくれようだけど」

「それは申し訳ない。それじゃあ、陰口をたたかれないように、そのうち訪ねるって伝えておいてくれないか」

「連絡方法くらいあるでしょう、家族なんだから。私は伝言板じゃないわよ」

 呆れたように言って、肩をすくめる。

 イヴは、友人としてのセリムを認めてくれるようになっていた。それが、思っていたよりも嬉しかった。しかしそうなると、身勝手な自分に付き合わせていることが、申し訳なくもある。

「ああ、そうか。そうだね、調べてみる。判ったら、メーシャにも言うよ」

「え?」

「だから、使えるものは使えばいいんだよ」

 そういってもピンときていない様子のメーシャに、向き直って言葉を重ねる。

「俺という実証もいることだし、おそらく、リグ・ムアの祖先には、人魚がいる。伝説として有名だった話だから、これは、隠しようもない。代わってくるのは周りの反応で、ここで、人魚を下等と捉えるなら、リグ・ムアの家もそうだと、見なす奴らが出てくるということだよ。それなら、人魚の地位上昇に手を貸すことは損にはならない。人と人魚は同等と見る人たちの、支持も取り付けられるだろうしね。方向は同じだから、そこに乗って、有利に話を進めていけばいい。そこで、現時点で、家系の中で最大の権力を持っているサガン王との直通手段は、知っていて損にはならないと思うよ」

 リグ・ムアが味方につくということは、その敵対者を敵に回すことにもなるが、伝説から、手を組もうと組むまいと敵視されることになるのだろうから、協力しないのも馬鹿らしい。

 メーシャは、考え込むように、まばたきを繰り返していた。


         追記 番外


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