「・・・っ・・・?」
鈍く痛むこめかみと、何故か床に丸まっている体。何故――と考えて、意識を手放すまでの記憶がよみがえる。
部屋の中を見回すと、誰もいなかった。メーシャの姿が、ない。
すぐに部屋を出ようとして、睡眠ガスを疑ったことを思い出す。対策としてはいささか心許ないが、数日、ポケットに入れたままになっていたハンカチを引っぱり出して鼻と口に当て、後頭部で結ぶ。
リースたちは無事だろうか。
呼びかけて、少しでも早く確認したいところだが、これが何らかの襲撃で、もしも襲撃者が残っていれば、厄介なことになるだけだ。
できる限り足音を消して、三人がいるはずの部屋に向かった。
「リース!」
姿を見ると、用心も吹き飛んで、思わず声が出てしまう。一見無事に見える三人の元に、急いで駆け寄った。
「リース、アイク。大丈夫か?」
椅子やソファーで気絶するように眠る三人のうち、とりあえずアダムを後に回したのは、年齢からの配慮だった。今更ながら囁くような声で呼びかけ、とりあえず換気装置を動かす。
確認した防犯装置には、ここにいる四人以外の体熱は感知されていない。キッチンの窓が割れ、床には丸い金属製のものが転がっている。これか。
「リース、アイク。・・・アダム、ごめん」
聞こえないはずだが断わって、白い頬を何度も叩く。
「つ・・・ぅうー・・・?」
「アダム!」
「セリ、ム? 別の部屋行ったんじゃ・・・」
「睡眠ガスあたりを投げ込まれたらしい。メーシャがさらわれた。助けに行って来るから、リースとアイクを頼む」
「え? なんであの子が? 一人で行くつもりなのか?」
混乱気味のアダムに肯いて、ベルトに常備している電子帳を開いて、追跡モードを選択する。これで、メーシャの腕輪が外されていなければ、追うことができる。
そんなセリムをぼんやりと見上げたアダムは、眠りの残滓を振り払うように、頭を振った。
「本気?」
「ああ。それと、イヴに会えるように話を通しておいてくれないか。王の力を借りたい」
「姉さんに?」
「そう。別れ方が別れ方だから、取り次いでもらえるか心許なくて。メーシャを助けたら、すぐに会いに行く」
頼んで、背を向ける。しかしその腕を、アダムが掴んだ。
「姉さんは、歓迎はしなくても、セリムが来たならちゃんと会うと思う」
「俺も、そうだとは思うよ。だけど万が一ってものがあって、今回は、その万が一にも注意を払っておきたいから。ひょっとすると、保護を求めることになるかも知れない。頼むよ」
「――わかった」
「恩に着る」
溜息と共に解放されて行きかけて、振り返る。何事かと構えるアダムに、口の端だけで笑みを浮かべる。
「伝言の伝言だけど、リースに言っておいて。メーシャが、お茶がおいしかったって」
セリムは、建物を後にした。