学校の放課後

    

< 人名 >

新城音弥(あらき・おとや)/深雪(みゆき)  八坂瑞貴(やさか・みずき)  清長美鈴(きよなが・みすず)  
新城宗佑(あらき・そうすけ)  三崎綾歌(みさき・あやか)  ミキ

現在出ている部分まで。



「…あれ…?」
 机に突っ伏して眠っていた。机といっても寮のローテーブルや勉強机ではなくて、学校の、教室に並んでいる机。そして制服を着ている。
 一瞬、授業から寝倒して一人取り残されたのかと思いかけたりもしたけど、転校先の学校にはまだ生徒会室しか足を踏み入れていない。それに、寮で夕飯を食べたしお風呂にも入った。うん、そのあたりはちゃんと覚えている。新しい布団にくるまって…ということは、夢か。
 そういえば昼間も、こんな夢を見た。
 窓を見ると、黒々と夜のものらしい闇色に塗りつぶされている。おかげで景色はほとんど見えなくて、私の、間抜け面が反射して映っている。ああそうか、電気がついてるんだ。今更の事に気付く。
「寝てまで学校? どんだけ好きやねん私」
 昼間と同じように教室には誰もいなくて、独り言が虚しい。それにしても、こんな夢を続けてみて、精神分析をしたらどんな心理状態が解析されるだろう。
 ここで眠ったら目が覚めるかな、と思いはしたけど、とりあえずふらふらしてみようかと思った。この校舎が、私の通っていた小中のどちらを元にしているのか、ひょっとして複合体なのか、というのは少し気になるところだ。                                   
 夢の中で夢だと気付くのは、明晰夢といったか。やりようによっては好きなように夢の展開を導けるようだけど、私にできるのかどうかは判らない。まあ、これが悪夢でなければ何だっていい。
 とりあえず教室を出ようと思い、立ち上がってから気付く。机の高さがぴったりだ。ということは、とりあえず机は小学校のものではない。
 ついでにぐるりと見回すと、やはり、昼間と同じ教室のように見える。教室なんてどれも似たようなものだけど、後ろに据えられた棚や掃除用具入れ、掲示板や黒板の感じが同じだ。
 戸を開けると、煌々と電気のついた、何の変哲もない廊下が広がっていた。おそらくはここと同じつくりだろう教室が右に二つと左に三つ、階段が右のすぐ隣に、階段か渡り廊下と思しき途切れが左端にある。教室の数は入り口の上に突き出ているプレートで判断した。
 私の頭上には「1−4」。左奥が「1−1」になっている。
「えーっと…」
 とりあえず、片端から覗いてみようか。教室の電気はついたりついていなかったりだから、ついているところに誰かがいる可能性が高い気がするけど、しらみつぶしに行ってみよう。
 カツン、と響いた靴音で、ローファーをはいていることに気付く。色々と遅い。スニーカーの方がいいな、と顔をしかめたら、前の学校ではいていた、白いスニーカーに変わった。
「…便利や。てことはあれか、ウエディングドレス着たいーって思ったら着られるんかなあ…なんや、変わらへんやん」
「本気で思ったら着られるよ、きっと」
「え」
 笑いながらの穏やかな男の人の声。しまった人がいるかもしれないってことは独り言やめとけばよかった、と思っても遅い。
 ゆっくりと振り返ると、私よりは少し年上くらいの男子生徒が立っていた。学ランにスニーカーの、ありふれた男子学生の格好。さっぱりとした髪型で、声と同じように、穏やかに笑っている。どことなく見覚えがある気がするのは、私の夢の中だから当たり前か。
 眼が合うと、にっこりと改めて笑った。
「ここははじめて?」
「…はい?」
 思いがけない問いかけに間抜けな声が出て、顔は多分、明らかに怪訝そうになっているだろう。にも拘らず、苦笑気味にはなったものの、相変わらず穏やかだ。爽やか青年、と勝手に決め付ける。
「その反応は、やっぱり初めてだね。ようこそ、夜の来栖学園へ」
 何だそれ。
「正確には、夜の学校よりも夢の学校とでも言うべきなんだろうけどけどね」
「えーとつまり、わけのわからん夢を見てる、と。うん、それはわかってるから大丈夫」
「夢は、と言うよりも人の意識は、実は奥底では全て繋がっている、という説は知っている?」
 いかにも気のよさそうなこの人も私の創造物なんだろうなあ、つまりは話すことも私が知っている内容のはずで。どこかで聞いたか見たことはある気がする。
 そんなことをつらつらと考えているうちに、青年はにっこりと微笑んだ。この人、笑顔が地顔なのかも知れない。
「集合的無意識や普遍的無意識と言って、ユングの説なんだけどね。遠く離れた場所で似たような神話が伝えられていたり、全く関係のない人同士の夢や空想に似たものがあったりといったことの説明とでもいえばいいのかな」
「…はあ」
「ということで、俺は納得してるんだけどね。まあそのあたりは、自分で納得のいく説を選べばいいと思うよ。とりあえず現実として、来栖学園の関係者が夢を見ているだろうときにこの校舎をうろついてるんだ」
「あなたも実在する人物やと」
「うん。もっとも、必ずしも実際の姿と同じとは限らないけどね。だから、見ただけではクラスメイトがいてもわからないことが多いよ。カメやウサギになってる人や芸能人、別の生徒の姿になってる人もいるし」
 何か、そんな設定の漫画か小説を読んだかなあ。読んだんだろうなあ。
 四分の一くらい聞き流しながら、引っかかるものがあることに気付いた。昼間の、居眠りのときの夢。死神のひなたぼっこ。生徒会長との、短い会話。
 いや。
 そんな馬鹿なことがあるはずがない。きっと、生徒会長とのあれにも何か気が抜けるような理由があって、今のこれも、あれが引っ掛かってるものだからそんな説明になってるんだろう。           「あなたも、元の姿とは違う?」
「一応は。もしも向こうで見つけられたら、何か一つ願い事を叶えようか? ケーキ食べ放題とか、できる範囲でのことなら」
 もしもこれが願望を反映した夢だったら厭だなあ、と思う。何か、とても厭だ。食べ放題って。
 にっこりと笑い続ける青年は、私の視線に気付いたのか、軽く肩をすくめた。欧米式のそれは、肩こりをほぐしたかのように見えて、そこにだけは親近感めいたものを感じる、ような気がする。いやよくわからないけど。
「とりあえず、折角だから案内でもしようか。明日学校に行って、同じ造りだと判ったら納得しやすいかもしれないし、突っ立ってるのもどうかと思うしね。どう?」
 私が頷くのを待って、青年は、当たり前のように手を差し出した。迷うと困るから、という言葉に、まあ夢だしいいかと戸惑いながらも手を取った。
 ひんやりとしていた。
「名前は、どう呼べばいい? ああ、俺はミキで」
 苗字か下の名前かあだ名か全く関係がないのか、迷うところだ。まあ、どうだっていいんだけど。
 夢の中だけど、でも万が一ということもあるのかないのか。一瞬だけそんなことが頭を掠めたものの、考えるのも面倒になった。でも。
「深雪」
 口を突いて出たのは、母の苗字だった。微妙に偽名のような気がするけど、まあいいか。
「深雪さん。ここは一般教室のあるところだから、特に見るようなものはないんだ。どこに行きたい? わかりやすいところでは、食堂や職員室あたりかな。特別教室だと、選択で取らなかったら行かないで終わることもあるし…」
「屋上」
「屋上?」
「出られるなら、ちょっと、見てみたい」
 ミキ青年は少しだけ考えるように黙って、再度にこりと笑った。不思議と、生徒会長のような白々しさはない。
「昼間は出るには先生の許可と鍵が要るけど、ここでは出られるよ。行こうか」
 そう言って青年は、私の手を引く。強く握るわけではなく、軽く、触れるように重ねているだけの手。ダンスのエスコートか、と突っ込みたくなる。いや、ダンスをしたことはないけど。
「基本的に、鍵はかかってないんだ。だけど鍵そのものはあるから、かかっているところがあれば、誰かがわざわざ閉めたってことになるね。建物自体は日に二回、十二時ごとにリセットされるようだから、いつも鍵がかかっているところがあるとすれば、余程隠したい物があるか一人でこもりたいか、だろうね」
「リセット?」
「正確にはアップデート、かも。更新。転校生が来て机が増えるとするでしょう。今までなかったものが、現実に即して変更される」
 校則やゲームのルールを説明するように、青年はそんなことを淡々と口にする。
 …っていうか、これ、夢? こんなややこしい設定の夢? でも夢じゃなかったら余計に謎すぎる。うん、きっと夢。
「さっき夜の学校って言ったけど、夜しか来られないわけじゃない。朝でも昼でも、来る条件は、学校のある土地で眠ること」
「へえ」
 適当に相槌を打ってから、あれ、と思う。今日の昼間のあれは、何だったのか。多分まだ、校内には立ち入ってない状態だったと思うけど…それとももう、学校の土地自体には踏み入っていたのか。まあ、ただの夢なら気にすることもないんだけど。夢の中でだけは辻褄が合ってる、なんてのはよくあること。
 廊下を少し歩いて、階段は一階分。ということは、ここは三階か四階。学校の相場としては。
 青年が、屋上へ繋がる扉を開ける。ぶわと、風を受ける。が。
「…ナニコレ」
「がっかりした? ここの夜は残念ながら、全くの闇なんだ。朝や昼は、雲ひとつない青空」
 闇というか。
 まるで、絵の具で塗りたくったような黒。何か途轍もなく嘘臭い、黒色。
 それなのに、不思議と校舎は見渡せる。それが余計に、作り物めいている。
 青年は、屋上に設けられたフェンスの辺りまで手を引いていって、体育館や西特別棟、東特別棟、鳳凰館、などと説明していってくれる。なるほど、今朝叩き込んだ来栖学園の配置図と大体合っている、ような気がする。まさか丸暗記はできてない。
「これ…学校の外はどうなってるん?」
「さあ。誰も、行ったことがないんだ。学校の敷地外に出ようとすると、目が覚めた場所に戻ってるか実際に目が覚めるかで」
 青年は肩をすくめて、闇に目を凝らすように遠くを見る。つられてそちらに視線をやるが、学園の建物以外は、判別が利かない。まるでこの学園は、黒い布に落ちた白いしみかのようだ。
 いつの間にかフェンス越しに身を乗り出していた私の肩を、青年がそっと押さえた。
「危ないよ。昼の世界で、ここから落ちた生徒がいる。だから、基本的には立ち入りが禁止になったんだ。強度なんかは昼の世界と同じだから、気をつけたほうがいい」
 青年はやはり微笑んでいたけど、薄く、心配してくれているのは判った。
 そこで、疑問が浮かぶ。
「もしここで落ちたら、どうなるん?」
「ここにも痛みはある。ただ、体の破損は校舎と同じで、一度こちらを出れば元に戻っている」
「…痛みって、そのまま? もしこっちで死んだら、その痛みは感じるけど生きたままってこと?」  
「たまに、こちらで受けた怪我を昼の世界に持ち帰る人がいる。おそらく、受けた痛みに反応して、実際の体が傷を作ってしまうんだろうね」
「それって。下手したら、こっちで死んだら現実では心臓麻痺で、とか、あり?」
 青年の笑みは、酷く薄く、さっきの心配そうな色は消えて酷薄という言葉がぴったりになった。黒を背に、青年は笑う。そうして、謳うように。
「深雪さん、よく覚えておいて。僕らはここでは、望んだものが手にできる。高いところから落ちたなら翼を、ガラスが降ってくるなら壁を、刃物が振りかざされれば楯を、作り出せるということを忘れないで」
 私はその言葉を聞いて、ああ、否定はしてくれないんだと、そう、思った。                       


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