雪警報

 今日は、朝から雪が降っていた。早くすればいいものを、待望の警報が出たのは雪に弱い交通機関がほぼ麻痺した後のことだった。

 もっとも、私達の学校は私立で多少融通がきいたから麻痺する前に帰された。つまりは、リレー電話を回して臨時休校にし、既に家を出てしまった生徒は学校に着き次第帰らせた。だから、本来であれば今頃はこたつででも丸くなっているはずだった。

 それなのに、数十分は何もなくて寒い駐輪場で待たされている。多優が、忘れ物を取りに行くと言ったきり戻って来ないのだ。これだけ経てば、怒るよりも心配になる。ただでさえ多優は、何もないところで転ぶような子なのだ。

「これで雪だるまとか作ってたら怒るわよ」

 いや、それはないか。多優の場合、雪だるまを作るなら呼びに来るだろう。・・・忘れていない限りは。

 多優とは、今年3ー5で同じクラスになるまでほとんど面識がなかった。人目をひく子だから一方的に名前を知っていたにすぎなかったのだ。ところが、始業式の日に出席番号が前後になるよりも前に、向こうも私のことを知っていた。目立つとはいえない、私を。

『知代さんって、図書委員やってた知代さんだよね!』

『そ・・・そうだけど・・・・・?』

 それが最初に交わした言葉だった。

 名前にさん付けで呼ぶのが多優の癖だと知ったのは、そのすぐ後だった。先生や事務の人でさえそう呼ぶのだった。『博之さん、おはようございます』と校長先生に挨拶するのを見ると、もう感心するしかなかった。

 校舎に入ろうとしたところで、多優の声が聞こえた。次いで、セミロングの髪を風にあおられながら本人が駆けて来る。動きにくい(それでも本人は気に入ってるらしい)コートを着ているとは思えない、身軽な動きだ。

「ごめんっ、知代さん!」

「何やってたのよ。帰ろうかと思ったわよ」

「ごめん。ごめんね」

 多優は凄く真剣に謝った。その顔が泣いてるように見えて、かなり慌てる。

「だ、大丈夫よ、大して気にしてないから。とにかく、早く帰らないと家に着くのが夜になっちゃうわよ」

「うん」

 そう答えたものの、多優が動く気配はない。無言で手を見ていたかと思うと、やっぱり真剣な眼差しで私を見て言う。

「知代さん。あのね、あたし・・・あたし、きっともう貴方に会えないんだ」

 冗談にしては真面目すぎる。真剣すぎる。事実かどうかは別にしても、多優がそう信じていることだけは確かだった。

「・・・・どこかに引っ越すの?」

「違う。そんなんじゃないの」

 即答してから、次の言葉を選びかねている。

「あたしが説明しようか」

 頭上から声がした。見上げると、ショートカットの女の子の顔が見えた。・・・ここの生徒?

 白いコートの女の子。天使なんて見たことないけど、いるとしたらこんな感じかもしれない。男の子にも見える中性的なところが余計にそう思わせる。何か既視感を憶えたけれど、降りてきた女の子が私を真っ向から見た瞬間に、それが何かわかった。

 瞳の感じが、多優と似ているのだ。強い、意志のある光が酷似している。

「今日は。多優、いい?」

 少女の声に、多優が小さく頷く。わけが解らなかったけど、とにかく今から説明してもらえるのだろうと思った。

「それじゃあ、まずは自己紹介から。あたし彰っていいます。肩書きは・・まあ色々あるんだけど、その中に『幽霊達の迷子センター』の職員っていうのがあります。えーと、日夜浮幽霊・自縛霊なんかを減らそうと頑張っている公務員・・・団体ですね。因みに、その職員は全員既に死んでて、あたしの前の体もとっくに土に環ってます」

 ・・・胡散臭い。

 それが顔に出たのか、彰と名乗った女の子は小さくぼやいた。

「やっぱり信じてもらえないか。あたしだって嘘っぽいと思うもんなー」

 溜息をつき、少女は無造作にナイフを取り出した。そして、平然とその刃を握る。

「ちょっ、何してるの! 放しなさい!」

「平気だよ。ほら、すぐに治る」

 実際、彼女が手を放すとすぐに血は止まった。

「どうなってるのかってことは解らないんだけどね。生きてるみたいに動けるし、食べられるし」

 現実感がない。目の前で見せられても、驚くでも気味悪く思うでもなく、ぼんやりと見ていた。ひたすら、実感がない。

「信じてもらえた?」

「それで・・・私も、死んだの」

「忘れ物を取って戻る途中に非常階段から落ちて、体自体はそのまま中庭に残ってるよ」

 言葉が流れていく。

 多優の泣き出す手前のような表情は、実は一番綺麗だと思う。そして対照的に柔らかで、でも無表情な彰を見ていると何故か納得してしまった。馬鹿馬鹿しい設定、普段だったらくだらない妄想だと片付けてしまうようなことを。切った手にしても、何か仕掛けがあるかもしれないっていうのに。

「じゃあ多優は、その公務員になるの? だから会えなくなるの?」

 気負うでも疑うでもなく自然に出た私の台詞に、頷く。そして、顔を上げて真っ直ぐに私を見た。

「ごめんね、こんな変なこと言って。でもあたし、家族と仲悪いし好きな人なんていないし、今は知代さんが一番好きだから、だから言っときたかった。最後に言ったのが忘れ物取ってくる、だけなんて嫌だった。ごめん」

「みくびらないでよね。私が寒い中待たされてたのは、そのことを考えてたからでしょ。ちゃんと考えて出した結論なのに、簡単に謝らないでよ。私は、何も言ってないんだから」

「知代さん・・・・」

 それ以上、何も言えなかった。もっと何か言おうと思ったのに、言葉が出てこなかった。

「知代さん、あたしね、本当に貴方に会えて良かったよ。死んでまでお説教してくれる友達なんてそういないよ」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」

「とりあえず、それが言いたかったんだよ、多分」

「多分って」

「じゃあ行くね。行こ、彰さん」

「多優」

「お葬式、盛大に泣いてね。あたし見に行くから」

 すっかり調子を戻した多優が、手を振って姿を消した。彰と一緒に。本当に見に来るつもりだろうか。・・・多優なら、やりかねない。だったら、会えて良かったのはあたしもだと、そこで言えば聞こえるだろう。

 雪は、夜になっても降り続いていた。   

雪警報


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