四章

「厭なこと言わせてごめん。でもありがとう」

「気にするな。ここでのことは俺の担当だ。――あいつにも、頼まれてたしな」

「道理で、なかなか戻ってこなかったわけだ」

 一種の自殺だと、彰は思う。始末を他の人にさせるのは無責任だと言ったが、ロクダイのことを責める気にはなれなかった。いつ、自分もそうなるか判らない。身勝手だな、とも思う。

 黄桜は、ズボンのポケットから二通の白い封筒を取り出した。住んでいる小屋には、これと同じものがもう一通、残されている。何事もなく終ったら必ず焼き捨てておくれ、と、念を押して頼まれていた。その表情を思い出す。

 彰とセイギ、それぞれに表書きされた封筒を渡すと、黄桜は二人の髪を掻き回した。

「もうすぐ、杉の宴会だからな。竹葉が色々と企画を練っていた。ちゃんと来いよ。トゥーヤンにおいしいものでも作ってもらうから」

 休んだら許さないぞ、俺だって休みたいんだからな。

 軽口を叩いて去っていく黄桜を見送っても、セイギは立ち尽くしていた。見慣れた、それなのに懐かしい文字が書かれた封筒が、その手には握られている。

 ロクダイは、どんな気持ちでこれを書いたのだろう。黄桜は、どんな気持ちでこれを預かったのだろう。彰は、どんな気持ちでこれを読むのか。そして、自分は。

「・・・るい」

「え?」

「ずるい・・・。なんで。俺は死んでるのに、生きたかったのに、あの子は生きてるんだよ・・。ロクダイはいなくなったのに、あの子は戻るんだよ・・・俺は、ここにいるのに・・・っ」

 堪えていた分だけ、言葉にならない。

 悔しい。辛い、酷い。妬ましい。ずるい。  それは、ゆかりにだけ向けられたものではなかった。  

 背中を軽く叩かれた。手の部分だけ、熱を感じる。

「泣いていいよ。よく頑張ったね」

 優しい声に、視界がぼやけるのをどうしようもなかった。

 彰はセイギから眼を逸らした。泣きはしない。泣けやしない。

 こういう時、思い知らされる。自分は長い時を――少なくとも「人」としては長い時を過ごしてきたのだと。親しくなることを恐れはしないが、酷く辛い。それでも、泣かなくなったのはいつからだっただろう。

 ずるい、と彰は思う。生きている、ただそれだけのことがどんなに恵まれているか、どんなに危うい状態であるかを考えもしない。同じ生活をしていても、自分たちとは違う。自分たちは、見ているだけしか出来ない。

 それでも。もう少しだけ、ここでがんばってみようと思う。

 満開の桜が、綺麗だった。

| 一覧 |

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送