四章

「ねえ、一つ訊いていい? あなたは生きていたいの? 死にたいの?」

「え・・・」

「生きるのも死ぬのも嫌がって、あたしたちに滅ぼされるのを待つ? 厭なことから逃げて、後始末は全部他の人に任せるの? それって凄く、無責任だよ」

「そんなの、知らないから言えるのよ」

 俯いたまま、ゆかりは呟いていた。

「毎日毎日、自分がどうしてここにいるのかなんてわからなくて、誰も私のことなんて見てなくて。誰も私のことなんて、気付いてすらないかもしれない。居場所なんて、どこにもない。あなたたちみたいに、強くなんてなれない・・・」

 彰に解かるわけがない。明るくて、誰とだって話せる。仲間がいる。今日のようなことがあっても、立ち直れるだけの強さがある。こんな自分のことなんて、解かるわけがない。

「あのさ。あなたはそのために、何かした? 何もしないで悲嘆に暮れるだけなら、それは辛くて当然だよね。それに浸ってるんだから」

 ただ淡々と。無表情に。それなのに、怒っているのが判った。ゆかりは、何一つ言えなかった。

「そんなこと言われたら、あたしだって考えちゃうよ。あなたが来なかったら、すぐに気付いて戻ってくれたら、こんなことにはならなかったんじゃないかって。ロクダイは、今もまだここにいたんだって。あなたさえ来なかったら、って。弱いね、あたしも」

 沈黙が降りた。桜だけが舞っている。

「こんなところに突っ立ってると危ないぞ」

「黄桜 [キオウ] 」

 見ると、ズボンにカッターシャツといった格好の男が立っていた。その両脇には、白と黒という髪の色だけが違う、紅い瞳の瓜二つの子供がいた。男の青い瞳が、眼鏡越しに三人に向けられている。

「そこの奴。あまり時間はない、あと三十分がいいところだ」

 ゆかりが、蒼褪めて俯く。黄桜は、それを冷めた眼で見ていた。

「何故あいつがお前を襲ったのか、判るか」

「・・・いえ」

「腹が立ったんだ」

 思わず、顔を上げた。黄桜が、冷静にそれを見返す。

「あんたは生きている。それなのにこんなところにいて、その上、何を言った?」

 死にたがって、それなのにこの世に留まって、彰達のように不安定な状態になれはしないかと。死ぬつもりも生きるつもりもない。そのことが、許せなかったのだろう。本人が真剣に考えていると思っているのが判る分だけ、余計に腹が立つ。

「セイギに判らなかった時点で、かなり強く死にたいと思っているということだろう。あいつにしたら、それだけでも辛かっただろうな」

「・・って・・私・・・」

「俺達の気持ちも、少しは察してくれ。一度死んで、生きるのを諦めて。それでもここに居るのが、いくら自分で選んだからといって、どんな気がするか。少しは考えてくれ」

 一度、死んだ。

 この人たちの残した未練は、何だったのだろう。皆、二十年も生きなかったのではないだろうか。執着と年月が単純に比例しないと判っていても、考えずにはいられない。幾つもあったはずの未来が、一瞬でゼロになる。

 私は、何をしていたのだろう。

「私・・・帰りたいです」

 下を向いてしまいそうになるのをどうにか堪えて、顔を上げる。声が、涙に揺れてしまう。

「帰り、たい・・・こんな、こと・・して・・・でも、私・・・私・・・」

「遅いよ」

 彰が言う。

「でも、気付いて良かったね」

 ゆかりの眼は見ないまま。これって偽善かな、と心中呟く。それでも。

「トゥーイン、トゥーヤン」

 ずっと冷めた眼で成り行きを見ていた二人の子供が、主の声に反応する。

 この代理道の管理をする黄桜の補佐をする二人だが、「人」が嫌いだ。憎んでいるといっても言い。だから二人は、他の誰よりもゆかりには厳しい感想を持っていた。

「送ってやってくれ」

「はい」

 この組み合わせはゆかりにとっても子供たちにとっても良いものだとは思えなかったが、黄桜はまだ二人に話があった。

 三人の後ろ姿が徐々に遠くなっていく。ごめんなさい、と、ゆかりは最後に言った。

 桜が、降る。

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