三章

 ゆかりは、桜の木の根元に体をかがめた。座り込んでいると言ってもいいだろう。息が切れている。

「どう、なって・・・・・ロクダイ、さん、どうしたん、ですか・・・?」

 しばらく、セイギは黙ったままでいた。ゆかりほどではないにしても呼吸が乱れているが、それを整えているかのようでもあった。

 怒っているような、泣きそうな。――セイギは、静かに息を吐いた。

「彰が言ってた道無き道を行ったってやつが、あれ。あれが『死者』だ」

「そんな・・・でも、あなたたちは・・・・」

「特別だって?」

 唇を歪める。

「俺たちも死んでるって言っただろ。ただ、ちょっと他の奴等より意志が強いのを買われただけで、基本的な条件は『死者』と大差ないんだ」

 桜の幹に拠りかかると、再び口を開いた。自分に言い聞かせるかのように、その言葉は弱い。

「人は、平穏に一生を生きて行くこともできる。環境だとか状況だとかに、生きることを許されてるとも言えると思う。一見平和で、凄く長閑で。でも実は、いつ狂っても、いつそんな生活が壊れてもおかしくない。それは大体において些細なことがきっかけで、突然起こる。準備も心構えも出来ないまま、突然来るんだ。狂わない奴もいるのにな。――それと、同じ」

 セイギから、ゆかりは思わず目を逸らした。あんなに楽しそうで、色々と知っていて。だからつい、この三人には何の問題も無いのだと思い込んでいた。思い込もうとしていたのかもしれない。何度か気まずい質問もしていたのに、それさえも無視して。

「時々、『死者』が代理道にも入り込んでたりするから。彰とロクダイの持ってた棒は、その対策。あれ突き刺したら、滅びるからさ。映画のドラキュラが胸に杭突き刺されるみたいに」

 ゆっくりと、セイギは上を向いた。花びらが降り注ぐ。

「俺はまだ未熟だから、持たせてもらえてない。『死者』じゃなくても突き刺したら死ぬから、危ないって」

 本当は、今回のように仕事中に「死者」になることを恐れて、原則的に二人以上が一組で行動するようになっている。猫屋では実質無視されていた原則だから、今回は運が良かったというしかない。

 ゆかりは、下を向いて膝を抱えた。今になって、震えがくる。ロクダイは、自分を殺そうとしたのか。

 ゆかりは、あのとき棒が突き刺すのではなく殴るために使われようとしていたことには気付かなかった。

 セイギは、顔を臥せたゆかりを見下ろした。改めて見ても、よく判らない。でも。

「生きてる奴を食えば生き環れるって俗信があるんだ。そんなわけはないとおもうけど、『死者』が生きてる奴を襲うのも、それを本能的に知ってるからだって言う奴もいる」

「・・・どうして・・・今、そんなことを言うんですか・・・・?」

「他はともかくさ、代理道にいる『死者』ってほとんど仲間なんだよな。知ってる奴がいたりとか、俺もいつかはああなるのかなって考えたりとかしたら――やりきれない」

 感情を押し殺すように淡々と話すセイギに、ゆかりは膝を抱える手に力を込めていた。突き放したような、責めるような響きがあるのは気のせいだろうか。

 自分が何かとり返しのつかないことをやったのかもしれないと思うと、恐かった。

 セイギは、眼を細めた。桜の花びらの向こうに、人影が見える。彰かロクダイか――ロクダイだろうと、何の根拠もなく思った。

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