三章

「ここから離れた所に行っててくれないか。行きすぎても危ないから、離れすぎじゃないところに」

 「危ない」の意味を悟って、ゆかりは息を呑んだ。ここにいると危ないと判るのだが、もし他の「死者」にも襲われたらどうなるだろうと考えてしまうと、足が竦んでなかなか動かなかった。

 その間にも、人影は大きくなっていく。判別できるほどになった人影に、セイギは口の端をわずかに持ち上げた。

「よお」

 声が出せることが、ちゃんと考えられることが、不思議だった。一言冗談だと言われれば信じたくなるくらいに、それほどに訪れてほしくなかった状況。

 真っ直ぐに突き出される棒を避けて、鳩尾を力いっぱい殴る。ためらいのない動きに、もう駄目だと確信する。棒を持つ手を狙って蹴り上げると、一瞬だけ手が緩んで、すぐに持ち直した。再び突き出される棒を寸前で逃れて、足払いをかける。

 倒れたが、セイギも動けなかった。

「全部お前に習ったんだぜ・・? なあ、なんでだよ・・・ロクダイ、なんでだよ・・・・っ」

 起きあがって自分に向けて棒を構えるのを、ただ見ていた。

「――セイギ!」

 強い声に、眼をつぶる。

 走ってきた彰は、二人の間に割って入った。眼だけは前に向けたまま、口からはしっかりとした言葉が出る。

「ばかセイギ、あたしがいないからってぼうっとしてるんじゃないよ」

「悪ィ・・・」

 いつもと変わらない声に、泣きたくなる。何も出来ない自分。解かっていて、割りきれない自分。なんて弱いんだろうと、強く思う。そして同じくらい、動じない彰に苛立ちを憶える。ついさっきまで一緒にいたのに。笑って、話してたのに。

 泣きそうになる。

「セイギ。これはロクダイじゃない」

 動かない二人を、改めてセイギは見た。彰は少し、怒ったような顔をしている。それは、誰に対してだろう。

「突っ立ってるだけなら、あっち行ってて。あたしだって守れるかわからないんだよ。それに、あっちで何かあっったとき、守るのも仕事だって判ってるよね。  これじゃなかったら、まだましに動けるでしょ」

「彰!」

 その言い方はないだろうと言うのを、辛うじて堪えた。少し考えれば判るはずだ。動じてない――誰が。

「だって、言ったんだよ。ああはなりたくないって、ロクダイが言ったんだ」

 反応のないそれを見据えて、彰が先に動いた。

 待っていたかのように突き出された棒を凪ぎ、棒ごと手首を掴んで足払いをかける。捉えていた手を足で押さえつけて、倒れた体に両手で棒を構える。

 自我を失えば、何も残らない。油断すれば、辛さに手を緩めてしまえば、被害が拡大するだけだ。それは、ロクダイの望んだことではない。

 何人目だろう。棒を握り締めて、彰は思った。今まで、何人こうやって仲間を葬ってきただろう。普段の仕事と大差ないはずなのに、何故知っているだけで、こんなにも辛いのだろう。

 重力のままに、棒を下ろす。

「――バイバイ。ロクダイ」

 涙も出なかった。  

| 一覧 |

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送