三章

 随分歩いたが、満開の桜の木はどこまでも続いていた。

「いつになったら着くの」

 既に、時間感覚はなくなっている。真理には、一向に疲れた様子のない彰たちを不思議に思う余裕もなくなかった。疲れているというよりは、寝ぼけているような、多少のことでは動じない「鈍い」状態になっていた。

 だから、口にした台詞も問いかけではなく、ただ言っただけのようになっていた。

「うーん、人それぞれだからなあ。まあ、そのうち着くよ」

 そのうちっていつよ、と、少し前なら言い返していただろう。だが、二重の原因によって真理はそうしなかった。

 唐突に。真理は、歩みを止めた。何かが気になった。鈍化した感覚の中で、何かが反応する。

 ――噂をすれば影が差す、って本当だね。

 右斜めの方向を見て、その正体が判った。

 光色の扉。考えるまでもなく、それが何か判る。本能的な理解。

「真理さん? どうかしたんですか?」

「あれ」

「え?」

 ゆかりが、不思議そうな表情をする。一行は、すっかり足を止めていた。

「あれが・・・」

「真理さん?」

 魂が抜けたように何もないところへ歩き出す真理を、ゆかりは目を見張って見つめた。自分と違ってしっかりとした真理が、こんな風になっているのが信じられなかった。

 真理は、扉の前で足を止めて振り返った。そこには、四人がいる。短い間だったが、最後にいてくれたのがこの人たちで良かった、と思う。

「厭なこと沢山言ってごめんね。――ありがとう」

 一歩踏み出すと、真理の姿は消えた。最後に見えたのは、とびきりの笑顔だった。

「どうして・・・・?」

 ゆかりは、小さく呟いた。元気良く手を振っていた彰は、それには気付かなかった。

 同じはずなのに。同じ状況なのに。突然死んで、なのにこんなに違う。ゆかりには最後に会いたい人もいない。そして真理は、一人で先に逝ってしまった。死んでも、自分は落ち零れのままなのか。居場所もなくて、ずっとこのままだったら  。

「ゆかり? どうかしたの?」

「私・・・どうしてここにいるんですか」

「え?」

 彰とセイギが、顔を見合わせる。

「だって、真理さんはいったのに・・・どうして・・・」

「人それぞれだって言ったじゃない。ほら、行こう?」

「でも・・・私も彰さんみたいだってことはないですか? 成仏するんじゃなくて、特別にそのまま・・・」

「違うよ」

 彰は、冷めた眼でゆかりを見た。声の調子も何も、変わってはいない。ただ酷く、静かだった。

「そうだったら判る。あたしたちの仕事は、逃げ場なんかじゃない疲れたからって、少し休むためのところじゃないんだ。・・特別って、良いことじゃないよ」

「でも・・・・私・・・・わたし・・・」

 泣くゆかりを、彰はただ見ていた。セイギが、何も言わずにゆかりの肩を抱いて支える。だがその顔は、辛そうに俯けられていた。

 桜が舞い散る。音もなかった。 

 不意に、ロクダイが動いた。ゆかりに向かって、真っ直ぐに進む、その手には、青い棒が握られていた。

「ロクダイ!」

 同じく棒を手に、彰が割って入る。ロクダイの振りかざした棒は、もう一本に遮られた。

「ぼけるなら年齢順だよ、まだ早いんじゃない。――セイギ!」

 硬直していたセイギが、我に返る。一瞬彰と眼を見交わすと、ゆかりを連れて走って行く。彰は、それを横目で見送ってから、ロクダイを真っ向から見据えた。

 無表情で、呼吸をしているかも怪しい。「死者」の初期症状だった。

 力比べになると分が悪い。棒を傾けて力を凪ぐと、そのまま打ち下ろす。だがそれは、軽くいなされてしまう。十数度は打ち合っただろうか。

「ロクダイ、何か言ったら。まだ言えるんでしょ。――本当に、最期なんだから」

「・・・・すまん」

 隙を見てセイギたちを追ったロクダイを、彰は追い掛けた。

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