二章

「幽霊たちの迷子センターっていうのは、さっき言ったよね。で、仕事はその名の通り、道を見失ってさまよってる人たちを案内すること」

「道、ですか?」

「うん。大抵は、死んだ場所の近くに、それぞれ専用の道が開くんだよ。そこを通ってあの世にいけば問題なし。気付かなかったり無視したりした場合が、迷子」

「無視って・・・出来るんですか?」

「道そのものに強制力はないから」

 話を聞きながら、ゆかりは少し興奮していた。あの世とか幽霊が実際にいるとは思っていたが、まさかこんな風に詳しく知る事が出来るとは思っていなかった。

 自分が幽霊になっていると思うだけで、なんだか嬉しい。

「あの、・・・四十九日とかって、どうなってるんですか? あの世が死人を受け入れるまでの、準備期間だって言う・・・。私が死んだのは今日、ですけど」

「あー。えっとね。実は、あたしたちも死んでるんだ。あっちも人手不足だから、そうやって人を使っててね。第二の人生、みたいな」

 セイギが、呆れたかおをする。それを見て、真理は密かに胸を撫で下ろした。全員がそんな感覚でいるとしたら、実害はないにしても、何か厭だ。

「でも時間が経つにつれて徐々に人が増えるから、昔みたいに待ってもらわなくても良くなったんだよ。だから、四十九日の保留期間どころか、待ち時間も少なくなってきてる。えーっと、それでどこまで話したっけ?」

「あっ、ごめんなさい。私が・・・」

「彰が脱線するのはいつもとのことじゃ。気にせんで良いよ」

「そうそう。疑問とか出てくるのは仕方ないし。で、どこまで話した?」

 セイギとロクダイが視線を見交わして、お互いに首を振る。いつもの事だからと、半ば聞き流していた。次に彰の視線を受けて、ゆかりも慌てて首を振る。自然と、真理に視線が集まった。

 真理が、溜息をつく。

「専用の道があるとかってところ」

 ああ、と、彰が手を叩く。その様子は子供そのもので、説明を始める前の冷淡とさえ言える様子は想像もつかない。

「ねえ、今からお払いでもするの? この怪しい置物って、そのための道具?」

 真理が、適当に近くの錆びた小剣のようなものを取る。見た目以上に重さがあった。答えたのは、セイギだった。

「そんなもの必要ない。ただ道を見失っただけなんだから、それさえ通れば逝ける」

「うん。たまに道無き道を行っちゃう人もいるけどね。あ。それは、ロクダイの趣味」

「雑貨屋の商品じゃよ」

 間髪入れず訂正する。真理が掴んだものはいつのものかも忘れた文鎮だが、その事には触れない。

 真理は興味をなくしたように文鎮を元に戻したが、代わりにゆかりが口を開く。

「道無き道って、何ですか?」

「あっちの世界に行かないで、こっちの世界に無理矢理残る事だよ。あたしたちは『死者』って呼んでる」

「できるんですか?」

「したいの?」

 不思議な瞳で、彰が覗き込む。

 何も言えずにいると、隣でロクダイがカップを下ろした。

「長くこちらに留まれば、やがては理性を失う。そうして、誰かも判らずに人を襲うようになるだけじゃ。大切な人でさえ――むしろ、大切な人ほど、襲うことになる。わしは、そうなりたくは無い」

「・・・・ああ」

 穏やかに、だが断言するロクダイ。セイギは、心持ち俯いて肯いた。彰が、微笑する。

 微妙な空気に、ゆかりはうろたえた。不用意な事を言ってしまったらしいと気付き、慌てる。そして、咄嗟に口を開く。

「え、ええと・・あの、道って、どこにあるんですか?」

「あっち」

 あっさりと、彰が店の奥を指差す。そこは、セイギが出て来た扉だった。調理場にも繋がっているのだ。

「ず、随分近く、なんですね・・・・」

「あ。あれはあなたたち専用の道じゃないんだよ。さっき言ったけど、そっちは死んだ場所の近くにあるから。あれは、代わりの道。つまり、代理道だね」

 奇妙な響きに、漢字が浮かんでこない。

 そのとき、白いものが飛んできた。ついさっき彰が指差した扉を開けて、何かをくわえた真っ白な鳥が飛び込んでくる。

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