彰は、雑多な小物や置物の数々を見て溜息をついた。得体の知れない、どこか不気味な店内の品々も、見慣れてしまえば何ということもない。問題はそれではない。

 暇すぎる。 

「知ってる歌、歌いきっちゃったしなー」

 そう言って、雑巾を絞る。開店しているのだが、客が来ないものだから暇でしょうがない。つい、雑巾がけをしようかなどと考えるくらいに。大声で童謡を歌ってしまうくらいに。

 それが、なおのこと客の足を遠ざけているのだが。

「ねえ、ここら辺の捨てちゃ駄目?」

 並べてある紫の包みを指差し、肩越しに首だけ振り向いて言う。

 そこには、彰と同じ白いシャツに黒のズボン、黒のベストと黒のエプロンを着たロクダイがいた。小洒落たレストランの店員かのような格好は、一応この店の制服だ。

 ロクダイは、ネクタイを外した状態で店の椅子に腰掛け、文庫本を読んでいる。顔も上げず、一言。

「駄目じゃ」

「でもさあ、呪いのわら人形セットなんて、誰が買う? 置いてても不気味なだけだよ」

 言っていることは非難そのものなのだが、口調がそれを裏切っている。むしろ、楽しんでいるかのようだ。

「誰か物好きがおるじゃろう」

「ロクダイ並の物好きねえ・・・。まあ、いないとは言いきれないけどさ。望み薄だね。その人がこれを買うのと、猫屋がつぶれるのと、どっちが先かな」

「決まっとるじゃろ」

 やはり活字を追いながら、淡々と答える。

「あ、あの・・・」

「はい?」

 突然聞こえたか細い声に、彰が入口を見る。ロクダイと話しながら雑巾がけもしていたため、手にはまだ雑巾を持っている。

 恐る恐る、といった風に顔をのぞかせた少女は、彰の手元を見て、店内を見て、固まった。ロクダイは、素早く本を見えない位置に隠し、ネクタイも締めて立っているが、逆にそれが浮いてすらいる。

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

 慌てた声でそれだけ言い、扉は無情にも閉められた。ロクダイと彰が、お互いを見て苦笑する。

「ごめんって?」

「何かされたかのう」

 雑巾のせいだとか、置物のせいだとかは言わない。言っても無駄というよりも、既にそれは前提になっているのだ。あって当然。喫茶店に花が飾ってあってもおかしくないだろう、といったところ。無論、それが一般的でないことは知っている。客で遊んでいるとも言えるかもしれない。

「これで今月、十四人目かぁ。まだ半月経ってないのに、来たお客さん、一桁だね」

 むしろ、こんな場所の喫茶店によくもそれだけ人が来たというべきだが、それには敢えて触れない。わざと、客を遠ざけている感もある。

 この「月夜の猫屋」が現在地に店開きをしたのは、桜の季節だった。それから、半年以上が経っている。入った当初から客の入りは悪いがつぶれる気配はなく、相も変わらず店員たちは呑気にしており、店内の飾りつけは不気味だ。

 そしてもう一つ、客足が遠のく原因がある。

「誰か来てたか?」

 調理場の戸を開けて、セイギが顔をのぞかせる。

 二人と同じ格好をしており、その上から、白いフリルのエプロン。恐ろしい事に、似合っていなくもない。

 見慣れている二人はなんの反応も返さないが、初めて見る客は仰天する。見られない姿でない分だけ、見てはいけないものを見たような気分にもなる。

 だが、それだけではない。

「・・・また、逃げていったのか?」

「人聞きが悪いなあ、セイギ。早々に帰られたんだよ」

 「られ」の用法が敬語か受身か、一瞬迷うところだ。

 ロクダイは、もう読書に戻っている。その姿を横目で見ながら、セイギが溜息をつく。

「あのなあ。客怯えさすなって言ってるだろ。誰も来なくなったらどうするんだよ?」

「ま、そのときはそのときってことで。で、何か用?」

「ん? ――新作! 新作できたんだよ。もうすぐ焼けるから、飲み物訊こうと思って。何にする?」

 一瞬、彰とロクダイが目を見交わす。

「何でも構わんよ」

「紅茶。新作って、今度は何?」

「みかんパイ。みかんをじっくり煮詰めてだなあ・・・」

「本当に食べられるんだろうね、それ?」

 疑わしそうに、彰が遮る。セイギは、怒ったように眉を跳ね上げた。

「当たり前だろ。俺が作ったんだぜ、俺が」

「だから信用でき無いんだよ。この前のみたらし団子パン、作ったの誰だったっけ?」

「あれは・・・醤油をちょっと入れ過ぎたんだ。それだけだって」

「どうかなあ」

 意地悪そうに笑む、彰。セイギがそれをむくれて見下ろすが、あれ以来、みたらし団子パンが作られていないのは事実だ。

 セイギの作る料理は、美味しいには美味しいのだが、趣味でもある創作料理は、約二分の一の確率で物凄い味になる。到底、食べれたものではない。下手をすれば、気絶者が出るかもしれない。

 それを、「試作品」と断りはするものの、客にも出すのだ。折角、店内の雰囲気や店員の様子にもめげずに注文した客が、この為に二度と来るもんか、と固く決心することも少なくない。

「しかし、エンゼル林檎はうまかったのう」

「だろ?」

「メロンドリームは? あの、甘ったるくてドクターストップかかりそうだったやつ」

「あっ、こげちまう!」 

 折良く鳴ったタイマーの音に、セイギが店の奥に姿を消す。残された二人は、揃って溜息をついた。だが、それすらも楽しんでいるかのようだ。

 そして、彰がバケツと雑巾を片付けようとしゃがみ込んだとき、「月夜の猫屋」に、今日はじめての「客」が入ってきた。        

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