「それでは、あなたもお姉さんのお友達なのね」
にこにこと微笑んで、アンジーはお茶菓子をすすめた。ちなみに、アンジーのお手製である。
これは、小さな国だからと言うよりも、以前に茶店で働いていたから、そして本人の気性故[ゆえ]というところだろう。当初は眉をひそめていた家臣たちも、今では、「王妃のお茶会」というと、半ば茶菓子目当てにいそいそとやってくるのだった。
そのお茶会の、今回の参加者はエバンスとミハイル、妹の――アンジーにとっては娘の――マリア。それとジェイムスも、書類が一通り片付いたら来るはずだった。
そして、アル。
「こちらにいる間、何か困ったことがあれば相談してちょうだいね」
にこにこと笑う。
咄嗟に目を逸らしたアルは、隣で難しいかおをしてお茶を飲むエバンスを睨み付けた。
「なんだこれは」
「・・・お茶会だろう」
囁き交わす声は、それぞれに非友好的だ。
エバンスとて、望んできたわけではない。早く聞きたいことを訊いて、契約を終わらせてこの物騒な男を還らせたかった。それが、朝食の席に届けられた伝言を聞き――思わず、呻いていた。
「王妃のお茶会」は、趣味と実益を兼ねた、アンジーの開くお茶会だ。
城内にいる者を、身分家柄役職関係なく、招いておしゃべりをする。大体はその日の朝に招待者に知らされるため、出席が無理な者もでそうなものだが、アンジーが上手く見計らうのか城内の全ての者が認めてしまっているためか、欠席者は滅多に出ない。
今が平和な世の中だからこそだが、それでも一応、城内の結束に役立っているのだから侮れない。
「やあ、話は弾んでいるようだね。私もお邪魔していいかな?」
「あらいらっしゃい、あなた」
現われたジェイムスと迎えるアンジーと。いつもならば溜息をつきたくなるほどにうんざりとするはずの雰囲気に、違和感をもって、エバンスは心中首を傾げた。
すると、それまで大人しく座っていたミハイルが、そっと袖を引っ張る。
「昨日、母上と何かケンカしたみたい。おかげで、話し合うどころじゃなかったよ」
「・・・珍しい」
思わず呟くと、聞こえてしまったらしく、アンジーとマリアの間の席から睨み付けられた。思わず、首をすくめる。
「ねえ、あの・・・叔父上」
思い詰めたような様子のミハイルに、エバンスは和やかなお茶会から頭を切り換えて、ミハイルの囁き声に耳を傾けた。
アンジーやマリアにしきりに話しかけられ、たじろいでいる様子のアルをちらりと見て、エバンスはいっそう声をひそめた。
「あの人・・・本当に魔物なの?」
「魔法陣から出て来たところを、あなたも実際に目にしたでしょう。それに、髪の色も目の色も、人にはまずありませんよ」
「でも・・・母上と普通に喋っているし、お茶だって飲んでいるし・・・魔物って、何も食べないものなのでしょう? 魔法陣だって、空間転移用のものだってあるし」
書物に細工をして、魔物召喚と空間転移の魔法陣をすり替えたのではないか。そうして、何かの方法で常人離れした人を、呼び出させたのでは。
聞いて、エバンスは溜息をついた。
「本気ですか?」
「だ、だって、全然恐そうじゃないし母上だって平気だし」
「そんなことをして、何の得があるというのですか」
「――僕を怖がらせて、魔術に興味を持たせないように、かなって・・・」
言って、少年は俯く。
軽く疲労を感じながら、エバンスは一口、お茶を飲んだ。
「そう思いたいのであれば、それでも構いませんよ。本当に、あれが転移用のものだったと思うのであれば」
はっとして顔を上げたミハイルは、何かを読み取るように、必死でエバンスを見つめる。それに思わず苦笑した。
エバンスの読みが外れていなければ、この少年は、人並み以上の力と感覚をもっているはずだった。今でも、なんとなくでも違いくらいは判るだろう。それを疑うのは、経験がないだけのことだ。
「ただ一つ忠告しておきますが、恐くなさそうだからと言って、あまり馴れ合わないことです。少なくとも私には、恐ろしくてそんな真似はできませんね」
ただ一時、契約を交わすだけの存在だ。こちらが親しく思おうとも、それで何が変わるわけではない。契約者が変わり命じられれば、平気で命も奪いに来るだろう。
その情の薄さが、恐ろしいのだ。
だからエバンスは、過剰な警戒はしないが、彼を信頼することはないだろうと思う。多分、向こうも同じことだろう。
それをシュムは――。
そんなシュムに、どこが似ているのか。昨夜の言葉を思い出すと、何かもやもやとしたものがある。シュムほどに、甘くも優しくもないと、そう思うのだが。
「ミハイル様?」
反応がなく、訝しげに見遣ると、ミハイルは、我に返ったように瞬きをした。
「――叔父上には、恐いものなんてないと思ってた」
「え?」
「だって、その年で宮廷魔道士の次長で、父上だって兄弟だからじゃなくてとても信頼されていて。全部に実力があって、だから・・・」
そんな風に。
この少年にはそんな風に見えていたのかと、本心から驚く。
そして、それは自分にも覚えのあったことだと気付く。誰もが、自分よりもはるかに立派な人に見えた。しかしそれは、本当だったが嘘でもあったのだと。
少し、懐かしくなった。
「私の評価は措くとして、やめさせたくてそんなことをする必要はありませんよ。そもそも、諦めさせるなら、魔術を使えたと思わせる方法はまずいでしょう」
エバンスが己の能力に気付いて、頑固な父を説得した。そのときに、あの兄はほぼ唯一、味方をしてくれた。
「王位を捨て、真剣に学びたいというのであれば、協力しますよ」
顔を輝かせるミハイルに笑いかけて、きっと始めから認めるつもりでいるだろうけどと、心の内でだけ呟く。
幸い、女王制の認められない国ではないが、そうだったとしてもきっとなんとかしてしまっただろうと思わせる、兄と義姉なのだから。
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