第二部


「悪いな、呼び出して」

「――いえ」

 そうは言うものの、このところ、エバンスはろくに寝ていない。呼び出しは、大きくはないとはいえ、負担には違いなかった。

 宮廷魔導士の同僚と共にミハイルに相応しいと思える候補を挙げ、選考に必要な情報の手配を行ない、アルから話を聞き、魔道士のギルドには一人の女の手配を頼み。

 それに加えて日常業務も、怠るわけにはいかない。直裁的な力を使うことはあまりないが、時間はやたらに喰われる仕事の数々だ。

 アルとの契約も続いており、聞き終わるかあらかじめ定めておいた期限を過ぎなければ、彼はまだこちらにいることになる。これも大きな負担のうちの一つだ。

 早く還して縁を切りたいと思うが、好奇心や知識欲から、折角の質問ができる機会を手放す気にもなれない。

「それで早速だが、シュムが襲われたという魔物の片腕の、報告は読んでいるな?」

「はい」

 シュムが宿の娘に託した報告書は、厭になるほど繰り返して読んだ。同職の二人も、その事実に目を見張った。

 そして、そこにいたのが並外れた力の持ち主であったことに、感謝したのだった。常人では太刀打ちできなかっただろうと、その点では皆の意見が一致している。

「補足報告も読んだか?」

「はい。私に届けられたものは全て目を通しました」

 シュムの報告書に応じて、あの小さな温泉街からこの都までの間の、最近の失踪者を調べさせたものだ。十数人という数字は、多かったのか少なかったのか、まだ結論が出せずにいる。

「それが何か?」

「人が人の中に消えた、という報告があった」

「――!?」

 言葉を失って兄を見ると、ジェイムスは、報告書らしい羊皮紙をエバンスに渡した。

「その付近での行方不明者も多い。この数日で、二、三十人」

 年間で行方不明になる者の数は知れない。姿を眩まそうと思えば、比較的簡単にできるものなのだ。しかし、短期間に行方不明者が多ければ、何かあったと考えて当然だろう。

「それは――しかし、あの人は完全に燃やしきったと――」

「地名を見ろ。シュムが燃やしたものと同じとすれば、ここから、目撃された日までに移動するのは無理だ」

「では、別物・・・それにしては、似すぎていますね。術を使ったということでしょうか」

 そこで、ふと気付く。兄は、エバンスがこの部屋に入ったときからずっとしかめ面をしている。それは、厭なことを行なうときの癖だった。

 身内に対してはなるべく嘘をつかない人だと、知っている。

「俺は、シュムの能力も報告も信用している。別物と考えた方がいいだろう。そして、これはただの推論――というよりも、思いつきに近いが」

 そっと、ジェイムスはエバンスを見つめた。

「化け物の正体は同族喰らいの腕だとあったな。腕は、何本ある?」

「――まさか」

「わからない。思いつきだと言っただろう。しかし、あの町からすぐに移動を始めたと考えれば、不可能ではない」

 だがそれでは、もう一本と共にシュムを追わなかった理由が判らない。そう思いながらも、今までなかった種類の怪物が、同時期に関係なく出現するのも妙な話だとわかっている。

 もう一度報告書に目を通してから、エバンスは顔を上げた。

「私が確認に行きます。それでいいのですね?」

「――すまん」

 言って、ジェイムスはいよいよ顔をしかめる。

 しかし、宮廷魔導師の他の二人は年を取っていて、旅は堪える。そもそも、城外はエバンスの担当だ。

「もし居場所の見当がつくなら、シュムと合流してからでも構わない。無理はせず、報告だけにしろ。もしもシュムを襲ったのと同じとなれば、そう簡単にどうにかできる相手ではないだろうからな。いいな」

 本心から心配する眼差し。苦笑しそうになったが、敢えて堪えた。

「己の分は弁えています。エドモンド師方には、まだ?」

「今から報せる」

「それでは、夕刻頃城を出ます」

 そうして、エバンスはジェイムスの執務室を後にした。

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