第一部


「一月・・・まあ、そうだな。特に何もなければ、そのくらいは保つ」

「それはまた、随分と効率が良い」

 感心したように言って、エバンスは羽根ペンで書き付ける。そのうち、きちんとまとめて文章にしなければ、と思い、どう書いていこうかと、ちらりと考える。

「それでは、次。寿命をとるというのは、具体的にはどうやって?」

「そのくらい、経験者がいるから判るだろう?」

「魔物と契約したと、おおっぴらに言う者は少ない。判ったところで、死んでいることが多いしな。上手く契約した者は、俺たちの目を誤魔化すくらいの知恵は付いて――そうだ、お前、あのとき呼び出された人物を言えるか?」

 ペンを持ったまま顔を上げ、寝台を見遣る。そろそろ陽が沈む時分なので、少ししたら、灯りを入れなければならないだろう。

 相手は、寝台に腰掛けたまま、訝しげに首を傾げた。人外の新緑の髪も赤い瞳も、見慣れればそう違和感もないものだと、エバンスは妙なところに感心した。

「魔術も扱えない人に魔物との契約をさせるなんて、どうせギルドにも属していないだろうが、通達しておけば知らせが来るかも知れない――おい?」

 反応がなく、ペンを置いて向き直ると、それはしかめっ面を向けた。

「あのときというのは?」

「ガルヴォア・ハーネットと契約をしただろう? それで、あの人――シュム・リーディストを捕らえようとした」

「何故それを!」

 最終的に、今目の前にいる者を送り返すときに、エバンスは手伝った。まさかそれを覚えていないのかと、溜息をつく。

 あれからまだ、半月ほどしか経っていないというのに。

「俺もあのときあそこにいたんだ。てっきり、気付いていたと思ったのだがな」

「――ああ。そういえば、あのときにシュムと違った力も加わっていたか・・・」

「判ったらなら、話してくれ。どうなんだ」

「断わる。契約外だ」

 エバンスが、アル――と、シュムは呼んでいた――と結んだ契約は、魔界や魔物を知るための質問に偽りなく答える、というものだった。丁度、後々のために魔物に関する記録を取ろうとしていた矢先のことだ。

 だから丁度良かったと言えないこともないが、本来なら地道に各地の術者を渡り歩き、まとめ上げるつもりでいた。実のところ、魔物との契約というのは恐ろしい。

 溜息をついて、エバンスは何も書いていない羊皮紙を取り上げた。

「それなら、新しく契約すれば文句はないな? それとも、契約中に別に契約はできないのか?」

「いや。この場合なら問題はないだろうね」

「こ――」

 この場合ならとは、どういう事か。そう訊きかけたエバンスだが、乱暴に戸を  叩く音に遮られた。一般的な大人よりも低い位置での音に、ミハイルが来たのかと、予想する。

「どなたですか?」

「叔父上、僕です。入っていいですか」

「どうぞ」

 おずおずと姿を見せた少年は、年の割には背が低く、瞳の色が濃い灰色の点を除けば、幼い頃のジェイムスにそっくりだった。瞳の色は、母のアンジーから受け継いだのだろう。

 立ち上がってにこりと笑いかけ、先程まで自分が座っていた椅子を勧める。この部屋には、他に椅子はないのだ。寝台にアルと並んで座ることもできないではないが、エバンスは入り口の扉を背に、軽くよりかかった。

「違いは判りましたか?」

 ジェイムスとの不毛な口論を止め、部屋から追い出した後、一緒に追い出されることになったミハイルは、不満そうにエバンスを見上げたのだった。

『僕が喚び出したのに』

『――これが私の契約書で、これがあなたの契約書です。違いが判っても文句があれば、遠慮なく仰ってください』

 そう言って、エバンスはミハイルを送り出した。勿論、契約書には、手が加えられないように細工がしてある。

 ミハイルは、まず二枚の契約書を返して、首を振った。

「無理だよ。しばらく、書庫には入れないって言われちゃったし」

「まあ、無難なところでしょうね。それで、私に訊きに来たのですか?」

「叔父上は、読めるのでしょう?」

 ちらりと、寝台の方を見る。赤い眼と視線が合ったが、まじまじと興味深そうに見つめ返している。恐れを知らないのは、この場合、無知だからだろうか。

「読めますよ。この文字も読めずに魔物と契約を結ぼうなどと、死にたがっているとしか思えない行為ですからね」

 むっとして、ミハイルが顔をしかめる。

 エバンスは、返された契約書をミハイルが見られるように差し出して、契約者名を入れる部分の上の辺りを指し示した。

「この部分、字が違うことは判りますね? 僕の方は三月となっていて、あなたの方は残り全てとなっています。その上」

 今度は、別の箇所を指さす。

「あなたの方には、交換条件が書かれていない。つまりは、無償で命を差し出すところだったのですよ」

 少年は、血の気の引いた顔で、大げさに言っているのではないかと、叔父を見た。しかしそんな様子もなく、召喚したときに駆けつけてきた必死の形相を思い出し、きっと本当なのだと、そんな結論に辿り着いた。

 穏やかに、エバンスはミハイルの心情を推測して、そっと肩に手を置いた。

「これに懲りて、無闇に知らないことに手を出すのは止めることですね。そろそろ、晩餐の時間ですよ。遅れたら、皆が心配します」

「はい。――叔父上、僕――魔術を、学ばせてはもらいない・・・よね、きっと」

「父君と相談は?」

「してないけど、でも」

「納得がいくまで話し合ってごらんなさい。あの人は、話してわからない相手ではありませんよ」 

 そうやって、ミハイルを送り出す。

 送り出した後で、エバンスは溜息をついて椅子に腰掛けた。話している間にすっかり陽は沈み、エバンスは、燃えることのない読書灯を呼び出した。

 そこで、寝台に座るアルを思い出す。

「悪いが、続きは明日でいいか? 今日は疲れたから――ああ、部屋を用意しないといけないな。姿は変えられるか?」

 視線を向けるが、返事はない。

「その前に何か食べるか? 食べても力にはならないが食べられると聞いた。どうする?」

「――お前は、シュムに似ているな」

「はあ?」

 予想だにしていなかった言葉に、エバンスは思い切り眉をひそめた。

 どこをどう探せばあの人との共通点が出てくるのかと、問い質したい気分になる。 

「何故、あのときにそのまま僕を送り還さなかった。そうすれば、わざわざ契約をする必要もなかっただろう」

「送り還されたかったような台詞だな?」

「・・・そういうわけじゃない」

「送り還したところで、どうせ次を探すんだろう。ガルヴォア・ハーネットとの契約は失敗したんだからな。それに、あの状態で還そうとすれば、召喚者も被召喚者も無事には済まない」

 あっさりと言って、肩をすくめる。

 一瞬、それでもシュムなら他の手段をとれただろうかと考えるのが、自分でもばからしい。比べたところで、どうなるものでもない。

「――やはり、よく似ている」

 何も言えずに、ただ、エバンスはもう一度肩をすくめた。 

 義姉の姉だから、やはり義理の姉に当たるのだろうあの規格外の魔導師に対しては、妬心も含め、ひとかたならぬ感情を抱くエバンスだった。嫌いと言い切れないだけに、もどかしい。

 - 一覧 - 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送