散々国王夫妻につき合わされ、城に泊まれというのを固辞して、シュムとカイは町へ出た。安い宿屋権居酒屋に、宿をとって食事をとる。
「つき合わせて悪かったね。何日も」
「面白かったからいい。それよりも・・・」
付き合ってほしいと言ったのは、エバンスの説教ではなく、妹に会うことのほうだったのか。訊きかけて、カイは口をつぐんだ。多分、当たっている気がしたのだ。
シュムの体は、何年も前に成長を止めてしまった。稀にあることらしいが、だからどうというものでもない。
カイが初めてシュムに出会ったとき、妹に年齢を抜かれたのだと、無表情に語った。それから年月は流れ、妹は、見掛けはシュムの母といっても通用するかもしれない年齢になり、子供もいる。それが、シュムには辛いのではないかと思えた。妹を大切に思っているだけ、余計に。
「それよりも?」
カイがそう考えていることを知っているかのような不思議な瞳で、シュムはカイを覗き込んだ。
何とはなしに、肩をすくめる。おそらくシュムは、同情は、望んでいない。それに、そういったことを考えると、交わした約束のことを思い出してしまう。守るつもりなど、はじめからなかった約束だ。しかし今となっては、本当に守らないのか、自分でも判らなかった。絶望と死では、果たしてどちらが楽か。
馬鹿な事を考えていると、カイは苦笑した。それらを振り払って、シュムを見る。
「もうしばらくこっちにいることにする。その分の路銀、頼むな」
「いいよ。どこか見物する? 今なら、まだ次の仕事引き受けてないから、好きなところに案内するけど」
シュムの仕事は、言ってみれば何でも屋だ。十年程前までは、町のギルドに属していてそこから仕事を受けていたが、今では、王家の――正確には、国王の直属となっている。エヴァンスも似たようなものだが、あちらは一応、宮廷魔導師だ。シュムがある程度一般的に知られているのは、どうやら妃の身内らしい、ということくらいでしかなかった。
「好きなところって言ってもなあ。師範の墓参りでも行くか?」
「あー。そっか、カイは行ったことなかったんだっけ?」
「ああ。・・・死んだってのも、お前に聞いただけだしな」
「行けば多分、ラティス師匠にも会えるよ」
「あいつも死んだのか?!」
あまりに意外そうな反応に、シュムは、危うく飲んでいた酒を吹き出すところだった。
師範というのは、ファウス・グラント。師匠というのは、ラティス・グラント。ファウスは剣術を、ラティスは魔術を飯の種としていた。シュムはこの二人の兄弟を師としたが、カイが師事したのはファウスの方だけだった。ラティスの方はむしろ、嫌っている気配がある。
酒をどうにか飲み込んで、俯いて笑う。
「そりゃあ、いつかはそうなるだろうけど、勝手に殺したら怒るって。墓の近くに住んでるんだよ」
「お前が紛らわしい言い方するから」
「別に紛らわしくはないと思うけどな。でもさ、カイ。何だって、師範は敬うのに、ディーにはつんけんしてるの?」
「なんだよ」
「ディーだって、師匠みたいなものなんでしょ? それなのに」
いつも、この話題になるとカイは口を閉ざす。このときも黙り込んでしまい、シュムは、込み合う店内で人を捜した。色々な人であふれ返った、年季の入った店内を見回す。
「おーい、ニナ!」
見知った店員に、手を振る。向こうも、気付いて客の間を縫って近づいてきた。
「来てたの、シュム!」
「親父さんには、挨拶したんだけどね」
「駄目よ、一番に私に教えてくれないと。父さんなんて、何も言ってくれないんだから。訊かれなきゃ言わなくていいと思ってるのよ」
まだ二十歳手前といったところの飲み屋兼宿屋の三女は、そばかすの浮いた顔に笑みを浮かべた。長い赤毛を高い位置で束ねて、それを揺らしながら首を傾げて、カイを覗き込んだ。
相変わらず掛けている黒眼鏡越しにではあるが、しげしげと見られて、カイは思わず身を引いた。
ニナという少女は、じっくりと見てから、再びシュムを見た。
「友達?」
「うん。カイっていって、割と長い付き合いになるかな。カイ、この子はニナ。ここの親父さんの娘」
「そして、シュムの友達。正確には、シュムが恩人なんだけど。借金で、厭な奴と結婚しなくちゃならなくなったときに助けてくれたの」
「ちょっと口を出しただけじゃないか」
シュムはいささかぶっきらぼうに言ったが、ニナは、意に介さずに事の顛末を語りだした。シュムは、それを遮ってにっこりと微笑んだ。
「宿を取ったんだけど、もう一部屋頼める? 無理なら相部屋でいいけど」
「大丈夫だと思うけど・・・待ってて、確認してくる」
「よろしく」
器用に人の間を小走りに駆け抜けていくニナの後ろ姿を見送って、シュムはミートパイに手を伸ばした。ふと気付くと、カイが半眼で睨み付けていた。
「・・・何?」
「お前、自分の分しか部屋取ってなかったのか?」
「だって、帰るって言うと思って・・・」
「二日間歩いて、その前に散々魔法使って。そんな状態で、また扉を開くつもりだったのか?」
「あ」
「『あ』って何だ、『あ』って」
「いや、それは、ほら。ね?」
「・・・笑って誤魔化すな」
冷や汗をかきながら笑うシュム。カイは、それをじっとりと睨み付けていた。
そうして、夜は更けて行く。
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