第七場


 その後、宿に移ってから、カイとエバンスに半ば見張られつつ、エバンスの補助を受けて正式な魔方陣でセレンとアルを還して、宿を引き払った。

 女主人に覗きの件を多少の嘘や誤魔化しを交えながら話している間に、エバンスが役人に連絡して、ハーネット家の遺体を知らせた。はぐれた魔獣の仕業とし、魔獣は始末したと伝えたようだった。

 本来なら、そういった件は役所付きの魔導師が確認をするものだが、このときは、エバンスがその代わりとして手続きを行った。検証されると、魔方陣の多さに全てを話さざるを得なくなる。つまりは、面倒が増えるということだ。エバンスが宮廷魔導師だからこそ通用した無理だが、本人は終始、苦い顔をしていた。濫用も甚だしい。

 そうして、シュムは渋々と、エバンスは当然のものとして王都へと向かった。国王直々の依頼のため、報告に向かわなければならないのだ。カイは、シュムに連れられてなんとなく同行している。すっと、エバンスに警戒されているのだけが難点だった。

 二日ほどの距離だった。

「姉さん!」

 王都に入って、そのまま城へと直行した三人を迎えたのは、ふわりとした柔らかな白のスカートを身にまとった、濃茶の髪にとび色の瞳の二十歳ほどの女性だった。セレンのような美人ではないのだが、柔らかな笑顔が、目を引くものがある。

 姿形よりも血のにおいから察して、カイは納得した。これが、言っていた自慢の妹か。そうすれば、年齢は二十代後半ではなかっただろうか。若く見えるものだと、カイは感心した。これで子供が二人もいるというのだから、尚更だ。満面の、心からの笑みも、若く見える要因かも知れない。

「お帰りなさい、姉さん」

「王妃サマ。何度も申し上げているはずです、名前で呼んでくださいと。周りが驚きます。そもそも、こんなところまで出迎えるというのが非常識にすぎます」

 太ってはいないがふくよかな体に抱きしめられかけながら、シュムは、よそよそしく固い口調で言った。すぐに、するりと抱擁をかわす。しかし、妹は笑顔を崩さなかった。

 嬉しくてたまらないというのが、全くの部外者のカイにも見て取れた。

「王妃、そのくらいで。まずは陛下に報告を申し上げに行かなければなりませんので」

「まあ、エヴァまで。昔は姉君って呼んでくれたのに。姉さんも。私はどこに行っても私だって言ってくれたのは、姉さんのはずよ?」

「それとこれとは話が別です。行こう、エバンス、カイ」

「いや、その必要はない」

「あなた」

「・・・なんであんたまで・・・」

 頭痛を覚えて額を押さえ、シュムはひっそりと呻いた。

 ここはまだ、門をくぐっただけの前広場にすぎないというのに、こうも軽々しく王と王妃とが姿を見せていいものなのか。大体、こんな開けた場所では、いつどこから毒矢が飛んでくるとも限らないというのに。  

 シュムがじっとりと睨みつけるが、まだ若い、赤い髪をした国王は、無言の非難などどこ吹く風だ。

「何だ、その顔は。案ずるな、幸いにもこの国は平和だ」

「威厳というものをどこに置き忘れてきたんですか」

「それなら、心配することはない。威張りたてずとも、私のことは皆がよく知っている。それに私は今、ここにはいないことになっているからな。ここで見たものはすべて、気のせいか幻だ」

「ですって、姉さん」

 いよいよ頭が痛い。

 シュムと、王弟であるエバンスは、そろって溜息をつくのだった。この夫婦は、揃って人がいいのか悪いのか。

「しかし、一応、けじめはつけねばならんな。報告は執務室で聞こう。アン、少し姉君をお借りするよ」

「少しだけよ。姉さん、お茶とお菓子を用意して待っているわ。早く来てね」

 笑顔を残して、少女のような女性は軽やかに去って行った。一人去っただけで、急激に空気が変わった。それを察してか、エバンスは旅装を改めると言って去り、残されたシュムは、冷ややかに国王を見やった。

「相変わらず仲がいいようで、そこだけは安心したよ。アズを泣かせたら赦さないっていうのは、死ぬまで有効だからな」

「心得ているさ。アンジーは、最愛の妻だ。何故泣かせるようなことがある。それよりも、そこの青年は?」

「ああ・・・友人だ。今回の件に協力してもらって、まだ礼もしてないから一緒に来てもらった。悪いけど、少しこれと話があるんだ。先にアズのところに行っておいて。これを見せれば、誰か案内してくれる」

 幾分素っ気無く、カイに王家の紋章の刻み込まれたメダルを投げ渡す。王族しか持つことのないメダルのぞんざいな扱いに、国王は、わざと苦い顔をして見せた。

「おやおや。仮にも、国家のものだぞ。もっと丁寧に扱ってくれてもいいだろう」

「うるさいな。いいんだよ、紋章なんて。見て判ればいいんだから。じゃあ、後で」

 最後はカイに向けて言い置いて、自分よりも頭二つか三つ分は高いだろう国王の服の裾を掴むと、問答無用で引っ張って行く。

「おい。さっき、威厳がどうこう言っていなかったか? 子供に引っ張られる方が、威厳がないと思うぞ」

「・・・やっぱあんた、嫌いだ」

 睨みつけながらも、シュムは手を放した。しかし足は止めず、先に立って歩いている。周囲の者も、すぐ後ろを国王が笑顔で歩いていることもあって、咎めることもしないようだった。普通だったら不敬罪じゃないのかと、シュムは半ば呆れていた。

 執務室は、城の中心部にあった。華美を好まない国王夫妻の傾向か、国王の執務室にも関わらず、警備長などのものと大差ない。あるとすれば、一応は肖像画がかけられており、隣には護衛の者が控えているくらいだろうか。

「それで、今回は何をやったんだ?」

「人聞きの悪い。こっちは王サマと違って、厄介事を引き起こしたことはない。巻き込まれてるんだ」

 椅子に座った国王を睨みつけて、シュムはわざとらしく溜息をついた。

「まあとりあえず、人間と向こうの奴とに喰われそうになったよ。詳しいことは、エヴァに話したからそっちから訊いて。ああ、お金返しとく」

 背負っていたリュックを、執務机の上に置く。全て、国庫からの借り物だ。国王は、紙幣の詰まった袋を、つまらなさそうに見た。

「今回の給料として、あげようか?」

「給料分はきっちりもらってる。そんなことをするから、家臣が泣くんだろう。しっかりしてろ、王サマ。そろそろ、アズのところに行くか?」

「ああ――そうだな。・・・シュム、辛くはないか?」

「あんたを思いっきり殴れば、少しはすっきりするかもね」

 さらりと流すと、やはりシュムが先に立って、二人は執務室を後にした。 


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