エバンス・リードと名乗った魔術師は、蒼い燐光に包まれてシュムとカイが出現した途端に、説教を始めた。もっとも、説教されている本人が聞き流しているため、あまり効果は望めない。なにしろ、今日は説教日だと嘯いているくらいだ。
ちなみに、二人よりも先に出現していたアルは、眠りの術もそのままに、一人床に転がされていた。それを、説教の合間を縫ってシュムが、術をかけたセレンに術を解くよう頼んでいた。セレンがカイと共に他の部屋に移ると、シュムは話を聞いていないとして、更に説教をされている。
「ところでエヴァ、どうしてここに?」
一区切りついたところを見計らって、シュムが訊く。エバンスは、げんなりと肩を落とした。
「だから、その呼び方はやめてくださいって・・・」
「ああ、そうだっけ? で、どうして? 一月くらいは後だと思ってたんだけど」
おかげで目論見が外れたよ、と言って睨まれて、急いで助かったけど、と言い添えた。カイであれば更に大目玉だっただろうが、まだ戻らない。エバンスは、溜息をつくに留まった。
「若者らしくないよ、エヴァ」
「誰のせいだと思ってるんですか」
据わった眼で、即座に切り返される。
笑って誤魔化すシュムに、眉間を揉んで頭痛を和らげようとする様は、確かに二十三という年齢よりも年配に見えた。あまりにも、堂に入りすぎている。
それでも説明を始めるあたり、律儀だ。
「数日前に、例の盗賊が捕らえられたんですよ。あなたから連絡がこないから、こうして知らせに来たというわけです。それなのにあなたときたら・・・」
「えっ、捕まった?」
再び始まりかけた説教に耳も貸さず、シュムは意外そうな声を上げた。今回シュムがこの村を訪れたのは、そもそもその盗賊退治が目的だったのだ。宿の泊り客を狙うという盗賊。そのために、わざわざ大金を見せびらかしたというのに、とんだ予想外の事態だった。
その上、エバンスは怪訝そうに眉をひそめて付け加えた。
「報告では、まだ幼い黒髪の少女が、縛ってあるから捕まえに行けと言ったとなっていましたが・・・」
そう聞いて、シュムは絶句した。思い出すのは、ここに来る途中でやりあった山賊。カイをこちらに呼ぶきっかけとなった、あれだ。
「・・・あれ、だったってこと?」
「山賊と盗賊を兼業してたのか。まめな奴等だ」
そこで戻ってきたカイが、平然と言う。耳のいいカイには、全て聞こえていたのだろう。シュムも今更驚かないが、エバンスは顔をしかめていた。カイが人ではないと気付いており、その事自体への不快感もある上に、盗み聞きをされたようで、あまりいい気がしないのだろう。
「もっと、強いと思ってたのに。弱いから違うと思ってた。そっか、あれだったのか・・・」
嘆息ともため息ともつかないふうに息を吐く。エバンスは、呆れ顔でそれを見やった。
「あなたより強い人間というのを、探す方が大変だと思いますよ」
「そこまでうぬぼれるつもりはないよ。いや、それにしてもあれは弱すぎ・・・カイ呼ばなくてもなんとかなったかと思ったくらいなのに。あの人数であれはないよ。ああ、で、目は覚めた?」
「覚めたけど、お前に会いたくないと。とりあえず見張りにセレン置いてきた」
「うっわー、カイ最低」
「何がだよ!」
「セレンに何かあったらどうするの」
「それ、お前なあ、あいつの方が俺より強いって判ってて言ってるのか、おい!?」
ついでにいうならば、カイはアルと戦っても勝てるかどうか怪しいところだ。シュムもそのことは知っているはずだが、忘れているともわざととも考えられるから始末に負えない。
シュムは、そう言って怒るカイの脇を抜けて、セレンとアルのいる部屋へと向かった。ハーネット家の別荘はやたらに部屋数があるが、とりあえずドアの開いているあそこだろうと、見当をつけてのことだった。
後ろから、むっつりとした表情でカイとエバンスがついてくるが、一向に気にしていないようだった。
「あ、いた」
なんとも間の抜けた台詞だが、声を聞いた途端に、窓の外を見ていたアルが緊張するのが判った。しかしそれは、とりあえず措いておく。
扉のすぐ横に立っていたセレンは、驚いてシュムを振り返った。そこに笑顔を向ける。
「ありがとう、セレン。それにしてもひどいよねー、カイって。見張りに置いてきた、って。どうせなら自分が残ればいいのに」
「シュム、からかうのもほどほどにしてあげて。それより、動いて大丈夫なの?」
「うん。そりゃあもう、説教中はひたすら座って聞いてるしかないからね。たっぷり休ませてもらったよ。ねえ?」
後ろを振り返って、笑みを見せる。これは明かに、嫌味だ。
実のところ、どうにか平静を保って動けるくらいでしかないが、こうでもしないと、二人がかりあるいは三人がかりで、強制的に休まされるに違いない。
そしてエバンスの反論を待たずに、ついてきた二人とセレンに部屋を出て行ってくれるよう頼んだ。説得には少し時間がかかったが、結界を張るという強硬手段に出ずに済んだのは幸いだっただろう。
「ところで、もう聞いてるかもしれないけど、契約は無効だよ。契約者がいなくなっちゃったからね。これだけ色々あって、報酬をもらえないのは残念だけど」
まずそう言って、シュムは椅子を引っ張ってきて背もたれを前にして座った。足が今少し届かず、子供の体だなと、改めて実感させられる。
「アル、ありがとう」
驚いた顔が、信じられないと言うように、シュムを振り返る。やった、と言ってシュムは笑った。
「やっとこっち見た」
「何故・・・」
「何故って何が?」
「だって、僕は・・・君を、傷付けた。それなのに、何故・・・礼を言う?」
「あれは契約してたからでしょ。むしろ、契約のぎりぎりのところで助けてくれたと思うんだけど? 手加減してくれたから助かったんだし。助けてもらったのに自力で何とかしたなんて言うほど、恩知らずでも厚顔無恥でもないつもりだよ」
不思議な生き物を見るようなかおをするアルに、思わずシュムは苦笑した。
「やだなー、そんな珍生物でも見るみたいなカオして」
「・・・シュム。ありがとう・・・」
「お礼を言うのはこっちだってば。あ、それで一つ気になってるんだけどさ。どうしてそこまで色々してくれたの?」
今回、シュムに取り計らったせいで、アルの契約は潰れている。いくらかの前払いはもらっているとしても、ただ働きも同然だろう。それでなくても、契約を破ることに繋がる行為は、かなりの負荷が加わるはずだ。
はぐらかされるだろうか、と思いながら、シュムはアルを見た。
しかしアルには、そんなつもりはないようだった。懐かしむように、遠くを見る目でシュムを見る。
「・・・昔、妹がいてね。家族といっても、人のように一緒に暮らすということもないけれど、妹は、不思議と僕を慕っていた。保護者に僕を選んだ、というだけのことかもしれないけれどね。――妹を思い出すんだ。シュム、君を見ていると」
それで見かけなのか、と、シュムは胸の内だけで呟いた。そういえば、はじめて会ったときにも少し驚いたような反応をしていたなと、思い出す。
どうせカイもこれを聞いているのだろうから、少しは風当たりを和らげたくれるといいけど、と、密かに思った。
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