第六場


「どうしたの、ディー。どうしてここに?」

「・・・元気そうで何より」

「うん、それはそっちも。久しぶりだね。滅多に合えないから、前に会ったのは・・・ユタ村の奇祭のとき? ほんと、久しぶりだ」

 こちらの世界での友人の一人との思いがけない再会に、シュムは、十二、三という外見にふさわしいような笑顔になった。カイが一層憮然とするのだが、そんなことには気付いていない。

 全身黒ずくめで、どこか神職者を思わせる服装と身のこなし。本当に久しぶりに会うというのに、変わっているのは、後ろであっさりと束ねただけの濃紺の髪が少し伸びたくらいではないかと思えた。

「ええとそれで、どうして?」

「むしろそれは、私の方が聞かせてもらいたいものだ。何故お前が、こちらにいる?」

「あー、いやそれは長くなるんだけど・・・まあ簡単にいえば、あれのせいかな」

「これもか?」

 ちらりと、うつ伏せに壁に繋がれた男を見てから、ディーはかがんで、シュムの左腕の枷を掴んだ。硬い音を立てて、ディーの手の中で枷が割れる。シュムの腕にぴたりとはまっていたはずの枷だが、カケラ一片たりとも、シュムを傷つけることはなかった。

 それをカイが、悔しそうに睨んでいる。自分には出来ないことだと、知っているからこそ余計に悔しい。カイでは、シュムの腕まで潰しかねない。だから、シュムは鎖だけでいいと言ったのだ。

 情けないが、たとえ微量としても、シュムに害を成していただろう枷が外れたことには安堵した。この少女が傷つくのには、耐えられない。だからこそ、様々な感情を押しやってこの男への伝言を飛ばしたのだ。

「ありがとう」

「そこの奴が、お前をここへ連れてきたというのだな」

「まあ、そんなところ。少なくとも一月以上は、あたしのこと調べてたみたいでさ」

「お前を?」

「うん。多分、食べるつもりだったんじゃないかと思うんだけど」

 カイとディーは、思わず顔を見合わせた。

 そもそもカイは、そうかもしれないと疑ってはいた。しかし確証があるわけでもなく、増してや本人がこんなにもあっさりと言ったとなると、話は違う。

「そう言ったのか?」

「ううん、言ってない。会ったことのある同族喰らいに、感じが似てるから。そうじゃなくても、どうせろくでもないことだろうね、目的は」

 友好的なら、一月以上も調べていた相手に、わざわざ神経を逆撫でするような接触の仕方をするとは思えない。セレンを、遠巻きに見張っていたらしいこともだ。

 言い切って、シュムはカイとディーから、わずかに顔を逸らした。

「正直、このまま餓死でもさせてやりたいくらいには腹立ってるんだよね」

 飽くまで淡々と言って、シュムは男の繋がれている壁に近付いた。

「っ!」

 その瞬間に、男が体を跳ね上げた。咄嗟に後方に飛び退ったシュムだったが、その足元を、男の足先が払う。シュムは、後ろに倒れかけた体を捻って、どうにか床に手をついて跳ね上げ、一回転して立ち上がることに成功した。

 その間に、ディーとカイがシュムと男の間に割り入る。男により近い位置にいたカイが、真っ向から対峙する。

 立ちあがった男の両の手は手首ごとなく、骨の見える肉塊が血を滴らせていた。手は、見るまでもなく床に近い二つの枷に残されている。

 カイは、低く呟いた。

「・・・マトモじゃねえな、両手を犠牲にするなんて」

 手がないため、口の布までは外せないようだ。見ようによっては滑稽だが、笑えるような状況ではない。

 カイは体を沈め、男の心臓部を狙って蹴り上げようとした。しかしかわされ、カイと男の位置が入れ替わる。

 入れ替わった一瞬、男がディーに背を向けた。

 その背に、ディーの放った火球がぶつかる。一瞬のうちに、血よりも明るい赤が、男を覆い尽くす。凄まじい悲鳴が上がり、男が悶え苦しんでいる。

 そこを、カイが切り裂いた。肉片が、ばらばらになってまだ消えない炎を纏いつかせ、炭となっていく。

 炎が完全に消えるまで、三人はそれを見ていた。不思議と、建物は燃えていない。

 沈黙を破ったのは、シュムだった。

「・・・二人がかりで後ろからは、ちょっと卑怯かも」

「馬鹿かお前!」
「馬鹿なことを言うな!」

 シュムは、やけに呼吸の合った二人にめいいっぱい叱り飛ばされ、思わず首をすくめた。叱られた子どもそのものの様子だが、カイもディーも今更騙されはしない。見掛けは子供でも、中身はそんなものではないのだ。

「お前、あれが何か判ってるのか!」

「勝てる方法を捨てて、無駄に命を捨てるつもりか!」

「あんなの相手に、道義だ何だって言う馬鹿はいないぜ!」

「大体お前はいつも、物事を甘く見過ぎなのだ!」

 ・・・長々と怒鳴られ、説教をされ、シュムがまともに口を利かせてもらえたのは、随分と経ってからのことだった。

 それほどに同属喰らいは変則的で、危険なのだ。仲間意識の薄いものの間でも、一対一は避けるのが鉄則とされているほどだ。シュムもある程度はそのことをわかっているつもりだったが、そうは言わずに笑い顔を作った。

「ディーとカイがいてくれて運が良かったよ。ありがとう、ディー。カイも、来てくれてありがとう」

「礼は、そいつにだけ言えばいい。私は、伝言を受けて来たまでだ」

「それって結局、来てくれてありがとうってことになるでしょ。カイが言ったって、来てくれなかったら駄目なんだし」

 にっこりとシュムが笑いかけると、ディーはふいと目線を逸らした。しかし、付き合いの長いカイも短いシュムも、照れ臭いんだろうなと、反応を読み取る。

 そう思われていることに気付いているのかいないのか、ディーは、カイに向いた。

「・・・おい、カイラス」

「なんだよ?」

「さっきのはまだまだだ。もっと鍛えた方がいい」

「・・・判ってるよ、デル」

「それならいい。では、また機会があれば会おう」

 それだけ言うと、シュムが別れの挨拶を口にする間もなく、ディーは現れたときと同じように、黒い竜巻を呼んで消えた。  

 残された二人は、なんとはなしに顔を見合わせて、ついと目を逸らした。

「・・・戻るか?」

「うん。まともな方は使わないけど、仕方ないんだからね。怒らないでよ?」

「あ・・・そうか。・・・俺、こっちに残ろうか?」

 その方が負担が少ないだろ、と言うと、シュムは頷いて、しかしカイの服の端を掴んだ。アルに使った魔方陣で、またもや体力を削られているせいか、いつもよりも弱々しい気がした。

「それは、そうなんだけど・・・もう少し、付き合ってもらえない・・・?」  

「あ、ああ。いいけど」

「・・・一人で行くのはいやだからなー、ちょっと」

「は?」

「いやいや、気にしないで。じゃあ、戻ろうか」

 右手で無造作に自分たちの足元を指す。指の軌道に沿って蒼い線が引かれ、二人を燐光が包んだ。扉が、開いた。  

「助かったよ、カイ。・・・ありがとう」 


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