第六場


 扉を開けたカイが見たのは、見知らぬ男の背中と、その向こうに立つシュムだった。

 魔方陣の発動を知ってこの部屋に駆け戻ってきたのだが、シュムがとりあえずは生きているらしいことに、胸が詰まった。それだけで安堵してしまいそうになる自分に、喝を入れる。

 カイが部屋に入って来たのにも気付かないのか、男は、ただ前方にだけ意識を集中しているようだった。そのせいで、背中はがら空きだ。

 とりあえず背から心臓部を突いて、腕を掴んで足を払うと、その勢いのままに地面に叩きつける。両手は、当然のように後ろ手にねじり上げる。呪力の発動には主に声か手が使われることから、口には爪先を突っ込む。

「カイ」

 男を押さえつけたまま顔を上げたカイと目の合ったシュムは、短く呟いて、笑顔を見せた。

「やっぱり、カイが来たんだ」

「そうじゃないだろ、お前・・・っ!」

「それ、こっちまで持って来てもらえる? ここの枷に、手を嵌めたら丁度いいと思うんだけど」

 意識してかせずか、男を物扱いして、シュムは右手で足元の枷を示した。男の予定としてはシュムの足に嵌めるつもりだったのだろうが、魔封じも施してあることだし、使わないテはない。

 不承不承ながらも、カイはそれに従った。念を入れて、もう一度心臓を突いておく。男の口から、くぐもった呻き声が漏れた。その口に、男自身のシャツを突っ込む。

「で、ついでにこれ、外せる? 鎖切るだけでいいんだけど」

「・・・!」

「調べ上げたわりには誤算だらけだったみたいでさ。こんなので封じられるほど弱い力じゃないんだけどねー」

 本日二度目になる手枷に目を見張るカイをよそに、シュムは笑顔のまま、今では足元につながれている男の首を踏みつけた。気管を塞がれたのか、男の声が詰まった。シュムはすぐに、足を上げた。

 半ば呆然と、それを見ていたカイに左手を上げて見せる。

「で、これ」

「あ、ああ・・・悪い」

「いやいや、全然。――ありがと」

 掴んだだけで鎖を断ち切ったカイに、はにかむように笑いかけた。しかしそれも一瞬で、冷たい一瞥を床の男に向ける。

 滅多にお目にかかることのない敵意を直裁に表わしたシュムに、カイは思わず一、二歩後ずさった。シュムに対しても男に対しても、カイ自身腹を立てていたはずなのだが、それすらも遠くに霞む。こういうとき、敵にはまわしたくないと、心底思うのだった。

「よくまあ、好き勝手やってくれたね? 覚悟は出来て――な?」

 怒りのためか低くなっていた声が、素っ頓狂なものに変わる。

 突然出現した小さな黒い竜巻を、シュムとカイは、揃って呆気に取られて見ていた。しかし、それも竜巻の中にあった黒いもやが霧散するまでで、風が収まった後に佇む黒衣の長身の男に、二人はそれぞれ違った反応を示した。シュムは、意外さを隠し切れないながら嬉しそうに出現した男に駆け寄り、カイは厭そうに、むっつりと腕を組む。


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