第四場


 カイは、男――ハーネット家の四男のガルヴォア・ハーネットを拘束して、セレンが術の解けかけていたアルを眠らせた。ともすればかすむ意識で、シュムが窓を開けさせ、ガルヴォア・ハーネットとアルを殺しかねない二人を制して、それぞれの指示を出したのだった。

 そのシュムは、床に片膝を立てて座っている。喚起がされて大分ましにはなったが、意識がはっきりとしてくるにつれて、気持ち悪さが強くなってくる。カイから手渡された剣ごと、ガルヴォアが出てきた扉のある側の壁を背に、膝を抱きかかえる。旅先で休むときのような体勢のそれが、倒れないでいる精一杯だ。

 カイが、心配するように覗き込む。

「何かできることはあるか?」

「んー、へーきへーきだいじょーぶ。香がまだ少し残ってるだけだから。立ち回りしも少し疲れてたし」

 そう言って、疲れを隠し切れない笑みを浮かべるシュムの顔の横には、剣を握る手があり、細い手首に残る手枷の痕に、カイは眉をひそめた。手枷の件では既に激怒しており、シュムになだめられている。

 じっと、睨み付けるようにして見つめる。

「本当だろうな?」

「うん」

 やはり笑って応えるが、カイがとりあえず信用するよりも先に、セレンが首を傾げて、歩み寄ってきた。寝台では、アルが音も立てずに眠り込んでいる。

「ねえ。あの手枷、どうやって外したの? 変な壊れ方してるけど」

「えーっとー・・・・・・噛んで・・・とか・・・」

 手枷には、あのハリネズミもどきの魔獣が鉄を噛み切った跡が、はっきりと残っている。しまった、と思ってももう遅い。折角、魔方陣を中空に書いて痕跡が残りにくくしたというのに、これでは意味がない。

「おい。シュム」

 セレンの言葉を聞いて即座に手枷を見に行ったカイが、据わった目で睨みつけてくる。シュムは、心底この場を飛び出したい衝動に駆られた。

 しかし、そういうわけにもいかない。

「ま、まあまあ、落ち着いて。あ、そういえばこの屋敷って、あいつ以外の人っていたの?」

「シュム。あの魔方陣はよほど緊急のとき以外開くなって、言ったよな?」

「いやほら、緊急事態だよ? 両手が動かせないなんて致命的じゃないか」

「ほう。しかし、あのくらいの鉄に力を使わない程度の奴を呼ぶ魔方陣なんて、手首が固定されてたって描けただろう? ん?」

「いや、ほら、こんな状況だから、気が動転してたんだよ!」

「へえ。お前がねえ。へええ」

 嫌味たっぷりに言うカイに、シュムは引きつった笑顔を返す。セレンが一人、よくわからずに首を傾げていた。

 そこに、シュムが唐突に声を上げる。

「あ! 道具がなかった! そうだよ、描くもの何もなかったよ!」

 宙に描いたところで、普通は、発動しない。

 しかしカイは、じろりとシュムを見つめた。

「・・・お前、それ、今気付いただろ」

「結果は一緒だし! さあ、さっさと話聞き出して、ご飯でも食べよう!」

「シュム!」

 立ち上がった拍子によろめいたシュムを、カイが咄嗟に支える。思わず声を上げていたセレンは安堵の息を吐いたが、カイは逆に、怒った表情の奥で、瞳だけが心配そうに揺らめいていた。

「お前・・・他に何か、召喚したか?」

「してないよ。だから、立ち回りとか香とか。疲れただけだってば」

 そう言うのに、応えがない。短く考え込む。

「セレン」

「は、はい」

 いきなり声をかけられて、反射的に返事をする。

 カイは、シュムを無理矢理座らせなおすと、真剣なカオで振り返った。

「ひょっとしてお前を喚んだときの魔方陣、歪んでなかったか?」

「ええ。それが何か・・・?」 

 実のところ、シュムがセレンを喚ぶときの魔方陣は、最初の一回以外は全て歪んでいた。だからむしろ、最初のときが例外で、そういう癖があるのだろうと思っていた。

 しかし、カイが顔をしかめたことで、何かまずいことだったらしいとわかる。

「・・・問題があるの?」

「ああ。でもそれは後だ。先にこいつを片付けて、シュムをちゃんと休ませよう。どうせ、片付くまで居座るつもりだろう」

 そうして、縛り上げてあるガルヴォアの目の前まで移動すると、それまで律儀にかけていた黒眼鏡を外し、笑って見せた。肉食獣のような笑みだ。

「いいか、知ってることは洗いざらい吐け。俺はシュムほど、優しくも気が長くもないからな」

 ガルヴォアは、かすれて奇妙に高い悲鳴を上げた。 


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