「こちらで調べた範囲では、女性問題なんてありませんでしたよ。酒場へ行っていたのは、お忍びで現れるという王子と接触したかったためだけのようです」
はじめに会ったときよりも老け込んだように見える依頼人は、渡されたお仕着せではなく身軽なズボンとシャツ姿のシュムを、胡乱そうに見遣った。
ジェイムス王子から話を聞く必要があった上に、なかなか、依頼人のレオナルドと会うことができず、夜が明ければリチャードは旅立ってしまう。本来であれば、シュムの仕事はそこで終わりだ。だがシュムは、もう数日も依頼された仕事をしていない。
「てっきり、依頼は放棄されたものと思っていたが」
「そこはまあ、のっぴきならない事情がありまして。だからさすがに、依頼料寄越せとは言いませんよ。前金分くらいは働いたってことで払い戻しはなしにしてほしいですけど」
「それでいい」
素っ気無く言い捨て、机に広げた書類に視線を戻してしまう。仕事途中にどうにかねじ込んだのだから、無理もない。
「だからこれはお節介だけど、リチャードは、あなたが財産を減らしてしまっていることを知ってますよ」
ぴたりと、レオナルドの動きが止まる。
「依頼内容の、悪い女に引っかかって云々、ってのはご自分のことだったんですかね。薄々、ご領地のリチャードの後見人のところにも噂が流れていっていたみたいですよ。証拠を集めて追い出そう、なんて話にもなっているそうで」
着服で訴えることもできるだろうが、そうすれば家名に傷が付く。だから、身分の剥奪で手を打つつもりなのだろう。
当主はリチャードとはいえ、レオナルド自身にもそれなりの身分はあり、子がいないとはいえ親戚筋でも養子に取らせて継承させるのだろうが、そのためには王家の証認が必要となる。
「リチャードは、あなたの身分剥奪や継承が提出されても受理されないようにはできないかと、王子に相談していたようです。着服してしまった分は、貸していたとでもするつもりですかね」
言葉を失い、レオナルドはシュムを見つめる。それでも表情を消しているのは、身についた習慣なのかもしれない。身分のある者ほど、感情を偽る術に長けようとする。
シュムはじっと、そんなレオナルドを見つめる。
「護衛を雇いたかったのは、リチャードの動きを知るためですか? それとも、悪い筋とのつながりに巻き込まれないように、どうか使える者が来てくれるようにとのぞみをかけて?」
「…私は、善人ではない」
「混じりっ気なしの善人なんていないと思いますけどね。でもまあ、あたしには関係のないことなので、当事者同士で話してもらったらいいと思いますけど」
「何?」
眉間にしわを寄せたレオナルドに肩をすくめて見せ、シュムは、閉めていた扉を開いた。強張った顔つきのリチャードが、暗がりから部屋に踏み込む。
話すなら今夜だろうとは思っていたし、その前にとは思っていたが、ここまでぶつかったのは狙ったことではない。しかしレオナルドは、そうは思わなかっただろう。
睨まれて、苦笑するしかない。
「部外者は退散します。あ、最後に一つだけ」
リチャードに場所を譲り、返した踵をもう半回転させる。
「あなたの悪い筋、全部ではないかもしれないけど、捕まりましたよ。王子弟を誘拐してくれたおかげで、王子兄がこってり油搾ってるはずです」
ぽかんとした、どことなく似たところのある二つの顔を残して、今度こそ、シュムは部屋を後にした。
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