遭遇

 気付けば、やたらと柔らかな布団に包まれていた。

「…あれ?」

 腕にはまだ、重すぎる剣の感覚も、硬い外側と一部柔らかな中身の羽根を切り落とした感覚も、残っている。

 それに、夢と収めるには、どう考えてもお金のかかる布団や寝台といった調度品に納得がいかない。

「お。起きたかシュム。腹減ってるだろ」

「師範。…師範の知り合いの貴族のお邸?」

「寝すぎて脳とけたか。お前の知り合いだろう」

「はい?」

 食べるものもらって来るから大人しくしてろ、と言い置かれ、シュムは、布団の感触を楽しむことにした。ファウスがいるのなら、大丈夫――ファウスは、結界修復の手伝いに駆り出されているのではなかったか。

 慌てて体を起こすと、幼い日に寝込んでいたときのような眩暈に襲われた。懐かしいが、全く嬉しくない感覚だ。

「えーっといやでも寝すぎたにしては喉渇いてないし。でも師範いるし。ん? 何か色々やっぱり夢?」

「何が夢だ何が」

「あ、カイ。羽根猿切ったのって夢?」

 何故か、呆れたようなかおをされた。

「あのなあ。倒れて丸二日も寝込むほど疲れるなら、わざわざ召喚なんかするなよ。別の呼ばなくたって、俺だっているんだからどうとでもなるだろ。しかも契約報酬までやるとか何馬鹿なこと」

「なるほど現実か。二日って…うわーセレン待たせちゃったなあ」

「私のことは後でいいから、とりあえず先に飲んでなさい。一応水はあげてたけど、足りてないでしょ?」

 ひょいと、カイの背後からセレンが姿を見せる。手には、ミルクが入っていそうなコップがある。来る途中で渡された、と、シュムの前に突き出してくる。

「ありがとう」

 素直に受け取って、一息で飲み干す。普段よりも、甘ったるく感じた。

 少しするとファウスがスープとパンを運んできて、思い出したように空腹を感じる。たっぷりと用意されたそれらを片付けている間に、ざっと状況はつかめた。

 シュムが意識を手放したところから、約二日が経っているのは本当らしい。その間に、王子(弟)はとりあえず暴走は収められ、今は意識も戻っているという。そのため、宮廷魔導師は二人揃って結界の修復に務めることになり、羽根猿もそこに引き渡された。

 今いるのは、リチャードの邸なのだという。カイがシュムをかついで戻ったところ、リチャードの指示で来客用のこの寝室をあてがわれた。

「それはそれは…」

 ああこっちの依頼はもう駄目か、と、シュムはこっそりと溜息を飲み込んだ。

 依頼人の心配は、少なくとも女に騙されているという点では杞憂だったようだが、こうもリチャードと親しくなってしまえば、報告したところで信じてもらえないだろう。そもそもが言葉通りの依頼ではなかっただろうが、それとこれとは別だ。

「シュム、気付いたと聞いて…入ってもいいか?」

「どうぞー。セレンごめん、遅れついでにもうちょっと後でもいい? 今報酬払っちゃうと、もう一回寝込む気がするから、いろいろと先に片付けたいんだけど」

「わかったわ。あなたたち、シュムの用が終わるまで付き合ってくれる?」

「喜んで」

「なんで俺が」

「ご婦人のお誘いは断るもんじゃないぞ」

 不満げなカイを、ファウスとセレンが嬉々として引っ張っていく。シュムは、笑いを堪えて見送った。

 残された形になったリチャードが、気まずそうにしている。

「お部屋を貸していただいてありがとうございます。すぐに、出る準備をしますね」

「…僕は、明後日には領地に帰る」

「そうなんですか」

 それなら、身一つのシュムと違って色々と準備が大変なのではないか。それとも、そういったものに忙しいのは使用人たちで、主人自体はそうでもないのだろうか。

 全くの他人事で聞いていたシュムは、思い詰めたように見つめてくるリチャードの目に気付き、困惑した。が、次の一言で噴き出しそうになる。

「シュムも、一緒に来ないか」

「な…。なんで?!」

「僕のことを、身分に構わず見てくれるのはシュムだけだ。まだ先のことだけど、僕と結婚してほしい」

「…そこまで一気にいっちゃうかー…」

「茶化すな、本気なんだ!」

 見ればわかる、との言葉は、それこそ茶化してしまうことになるので呑み込む。

 青臭いと、幼い夢だと、笑い飛ばすことは簡単だろう。

 リチャードはまだ、この社会の身分差の壁に本当には気付いていないだろう。シュムのような流れ者と古い家柄の貴族が、こうやって喋っていることがどれほどの例外に当たるのか、理解できているのかも怪しい。

 そうでなくても、ただ近くに変り種がいたから、淡い恋心を抱いたと言えなくもない。

 何よりリチャードは、シュムがこの姿のまま彼の二倍近くも生きているとは考えてもいないに違いない。成長することなどないとは、思いつきもしないだろう。

 それでもこれは、抱いてくれた感情を、嬉しいと思うのはゆるされるだろう。

「ありがとう、リチャード。でも、ごめん。あたしはそんな風に思えない」 

 表情をなくし、少年は立ち付くした。そのまま、踵を返して部屋を出て行く。どこかで泣くのかな、と思って、シュムはそっと息をはいた。

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