茂みの蔭で小休止。
シュムは、両脇にカイもセレンもいることを確認して、ようやく深々と息を吐いた。視線は飽くまで、離れたところで三人を探す羽根猿に固定する。
「いたぶるのが好きとかいう性格捻くれまくっててくれて助かったー」
カイが逃げ出そうとした理由の一つがそれだ。執拗に、執念深くしかも狙った獲物を心ゆくまで弄ぶ。その上、それなりの強さがある。
明るく笑うシュムにしても、そんな性格のおかげで一打一打は軽いとさえいえそうな負傷で済むのだが、幾らか喰らって結構辛い。
セレンとカイは、そんなシュムの空元気を呆れているのか気持ち悪く思っているのか、やや遠巻きに眺めている。
そんな反応はともかく、できればここでしばらく休んで行きたいところだが、探すのに飽きて他に目標を移されても困る。シュムは、笑いを引っ込めて二人を見た。
「好き勝手に攻撃しても、案外防御厚くて難しいね。何か案ない?」
「ちょっと、…先に、作戦立ててやるものじゃないっ?!」
「いやー臨機応変が身上なもので」
「行き当たりばったり、の、間違いだろ」
「そうとも言う」
真っ当なはずのセレンの突っ込みはあっさりと呑み込まれ、華奢に見える女の肩ががくりと落ちる。
シュムは多少気の毒に思いながら、カイを見た。肩をすくめて見せるだけで、口を開くつもりはなさそうだ。
頭使うの苦手なんだけどなあ、と、シュムはひっそりとため息を殺した。先ほど口にした身上は、冗談ではなく本気だ。だが残念ながら、ばらばらにかかってどうにかなるほど相手は弱くはない。
この場合のシュムの特技は剣技で、魔導は目晦まし程度。カイは炎系統の術を使い、セレンは水系統。二人の扱う水と炎は大概を相殺し合う、というほどに単純ではないが、それだけに厄介でもある。
「んー。生け捕り…よりは殺したほうが手っ取り早いかなー。面識できちゃうと後々厄介そうな気がしないでもないしなあ」
「あっさり言うのね」
「そりゃあ、みんな仲良くできるならそれが一番だけど、無理なら我が身と親しい人の安全を願うよ」
「そう」
含むところがあったわけではなく、単なる疑問だったようだ。喋りすぎたような気がして、気恥ずかしいような拍子抜けしたような気分になる。
羽根猿の様子を窺うと、手当たり次第に木を抜いたりなぎ払ったりしている。
「あ。別に殺さなくっても、羽根と腕の一本も落とせば大人しくなるかな…? カイ、あの猿の進化形みたいなヒトって腕力だけ?」
「多分大体。ああ、ものすごい回復力も」
「だよねー、切っても焼いてもすぐ回復してくれちゃって。…てことは、水責めかー」
水で長時間意識を失わせることは難しいだろう。うまくすれば気絶させられるかもしれないが、確かなことではない。
あと、いくら回復が早くても、切り落としてしまえば別のはずだ。
「えーっと水…ああ、湖がある」
セレンの能力は水を操れるようで、よび出すこともできるようだが、そちらには限度というものがある。だが、元からあるものを使えば話は別ではないか。
「ねえセレン、操る水ってセレンがよび出したやつじゃなくっても大丈夫?」
「ええ」
「それじゃあ、向こうに湖があるから、頑張ってそこから水引っ張って来て。それまで時間稼いどくから、水持って来たら、首だけ出してすっぽり覆っちゃってくれる? 動けないように。できる?」
「…できる、けど…」
「じゃあよろしく。カイ、とりあえず羽根狙うから正面頼むね」
「ああ」
後でね、とセレンに手を振って、シュムはカイの動きを待たずに飛び出した。既に、剣は抜いてある。
木を切るのに向けていた目が、シュムをとらえる。赤い瞳は、カイと同じく生まれつきのものだろう。だがそれが、にぃと細められた様は、狂気に駆られ血走った獣のようにしか見えない。
そのことに少しばかり、助かったと思ってしまって自嘲する。
契約の獣だとか魔物だとか悪魔だとか、決して人ではないのだと分ける呼び名を持つ彼らに、シュムは憧れや仲間意識のようなものを持っている。それでも、きっとシュムも人と彼らを分けてしまう。もしもどちらかを選べと言われたときにどちらを取るのかは判らないが、どちらを取っても後悔してしまうだろうことだけはわかっている。
だから、セレンの言葉に過剰に反応した。あれが人であっても同じように思い切れたのかと、問われたように思ってしまって。
そして今は、倒すべきものが「悪役」然としていることに安堵している。
「中途半端だなーあたし」
耳がいいカイは聞こえてしまったのだろう、ちらりとだが、訝しげな顔が視界の端に見えた。だが今は、それどころではない。
鼠を見つけた猫よろしくシュムたちを見る猿顔に、にっと笑いかけた。
まずは振り下ろされる腕の第一打をかわし、小回りの利く小ささを生かして背面に回りこむ。振り向きかけた羽根猿は、だが、正面で弾けた火炎に目を留める。
シュムは、そこを逃さず羽根の片方に切りつけたが、半ばほどに赤く入った線は、すぐに盛り上がり、元に戻った。
「う、わ。腕力足りないっ」
そういえばそうだった、と己の間抜けっぷりを罵るが、今となっては遅い。何故煉瓦の小屋を切るのにカイの炎を借りたのかを、すっかり忘れていた。
「か、カイっ、炎ほしいなっ!」
「先言え阿呆かっ」
シュムの攻撃は擦り傷程度だったのか、羽根猿の意識はまだカイに向いている。炎を乱舞させ、返事が返っただけましというところか。
一拍だけ悩み、シュムは、地面を蹴りつけて跳び上がった。羽根猿の頭の上にと飛び乗る。わずらわしげに手が伸びたが、二度三度と逃れると、後でいいと判断したのか、攻撃の手を緩めないカイへと意識を向けた。
「いいけど…助かるけど…あたしまで燃えたらどうしてくれる」
攻撃する火炎に遠慮のないカイを少しだけ恨めしく呟いてから、シュムは、動き回って安定しない場所で気を集中させた。
そうして狙い定めると、簡単な術で剣の重さを増やし、全体重をかけて切りつける。今度は深々と、鱗の硬い魚を切るような感触を残し、鋼の色をした羽根の一片を切り落とした。
ぼてりと、黒に近い、油のような血が滴る。
「…とりあえず一枚っ」
自分を鼓舞するように声を上げ、シュムは、痛みにか声を上げて睨みつける、獣じみた赤い瞳と睨みあった。
不意に、その背後が燃え上がる。残った片羽根が、青を残して黒く焼け落ちる。断末魔のように、強い声が上がった。
一瞬すくんだシュムの身が、足をつかんで逆さに吊るし上げられた。
「シュム!」
それでなくても、先ほどの重みを加えての飛び降りで、体の節々が傷んでいる。シュムは、呻き声を呑み込んで、どうにか腹筋で身体を引き起こして、足を掴んでいる腕に切りつける。だが、傷は浅くしか残せず、すぐに治ってしまう。
「…あ」
ゆれる視界の端に、セレンの姿があった。頭上に水の塊が浮かんでいる。戸惑ったような顔つきは、シュムが捕まっていては、せっかく持って来てくれた水を使えないからだろう。
羽根猿の足元にいるカイも、今度ばかりはシュムを気遣って炎を放てずにいる。
「…うーわー…」
いい加減、揺さぶられすぎて目が回ってきたシュムは、それでも懸命に意識を集中させてもう一度、剣に重さを加えた。それを振り上げて、すぐ近くの太い腕へと突き刺す。一瞬でよかった。足の拘束が弛んだところで刺した剣を軸に、蹴りつけて、落ちるように逃れる。
カイに受け止められ、水音を聞いたような気がしたが、シュムはいつの間にか意識を手放していた。
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