遭遇

「わー成功?」

「…子ども?」

 いつもとは違い、地面に描いた魔法陣が光を帯び、人影が浮き上がる。

 金髪碧眼の美女と顔を合わせ、シュムは、つい先ほど書きなぐった皮紙をその目の前に突き出した。文字は人のものではなく、いわゆる魔族のものだ。

「読んで、それでいいなら契約お願い」

「…随分ざっくばらんな子ね。いいけど」

 今回、魔法陣は魔導書片手に手描きし、呪文は購入した短縮用品ではじめと最後を少しだけ。魔法陣が正しいか購入したものは正常に動くか、と不安要素はあったが、とりあえずはまともに稼動したようで、シュムは胸を撫で下ろした。

 まだ契約は交わしておらず、そのため完全にこちらの世界に来たわけではない美女の能力ははっきりとはわからないが、シュムのあのいい加減な魔法陣ではないのだから、きちんと定められたとおりになっているはずだ。

 魔法陣の内に立つ女は、気付けば、契約書ではなくシュムをまじまじと見つめていた。

「何?」

「あんた…ちゃんと報酬払えるの?」

 彼らへの報酬は、魔力と呼ぶべきか生命エネルギー、寿命、そういった呼び方をするべきか。とにかく不定形で、確固としたものではない。空間を隔てては示すこともできず、子どもにしか見えないシュムを訝るのも仕方がない。

 ただ、プライドの高い魔導師などであれば、激昂しかねない言葉ではある。挑発と無知とどっちだろうか、と思いながら、シュムはにっこりと笑顔を返した。

「払うつもりで呼んだんだけど、納得いかないならやめとく?」     

「まあいいわ。これでいい?」

 契約書に、判読できないほどに崩したサインを書き込む。受け取ると、シュムもその下に自分の名を書き入れた。そうして、そっくり同じ二枚に分かれたうちの一枚を女に返すと、握手のように手を差し出した。互いに触れ合ってようやく、契約は成立する。

「シュムって呼んで。あなたは何で呼べばいい?」

「…セレン、でいいわ」

 セレンがシュムの手を取ると、魔法陣の光が消える。

 シュムはそのまま、ぐいと女の手を引っ張った。既に駆け足で、天にそびえる光柱にきっぱりと背を向ける。あの下では今も、宮廷魔導師が一人、せっせと結界の回復に努めているはずだ。

「よろしくセレン。早速だけど、実はもう戦線真っ只中でさあ! あたしの友達が一人で頑張ってるから、早く手伝わないとくたばっちゃう」

「はあ?」

 シュムの手を振り払うでもなく、握られたままよたよたと後をついて来るセレンは、少し走って、表情を引き締めた。

 目晦まし程度の、結界を抜けてのことだ。

「何これ…どっちが相手なの?!」

「そりゃあ強い方でしょ、応援呼ぶくらいなんだから」

 何でもないことのように返すが、実のところシュムは、不満だらけだった。

 宮廷魔導師が、王子(弟)を優先するのはまあいい。しかしそのために、二人いるうちの一人しか出てこられず、その手伝いに魔力の影響を一切受けないファウスが駆り出され。それならそれで街のギルドに協力を求めるならまだしも、不介入の達しを出すとは何事だ。

 おかげで、迷い出てしまった異形の対処は、事情を知るシュムだけでどうにかしろと投げられてしまった。

 どう考えても、一番割を喰っているのはシュムとカイで、純粋に手伝いのカイが一番の被害者というところだ。

「頑張って強い方を殺すなりお帰り願うなりしないとなんだよ。あたしが死ぬと帰れなくなるかもだから、頑張ってね、セレン」

「なっ…」

「カーイっ、一人でご苦労様ーっ!」

「遅いし何馬鹿やってんだ阿呆っ」

 あっはっは、と笑いながら、シュムはセレンの手を離して剣を抜き放った。強く踏み込んで地面を蹴り、カイの頭上を飛び越えて近くで見るといよいよ馬鹿でかい、羽根の生えた猿の頭に降り立つ。

 おかげで、たった一人で防戦一方だったカイから、羽根猿の意識は逸れたようだった。

「とっとと縛り上げて宮廷魔導師に引き渡すよ!」

 威勢良く声を上げ。ところでこれってただ働きになるのかなあ、と、シュムは少しだけため息をつきたい気分になっていた。

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