遭遇

「あああー、落とし穴突き破った。何板渡してたのに落ちるんだよって感じに突き破ったっ!」

「…何をわけのわからんことを」

「申し訳なさ過ぎてしばらくディーと顔合わせらんないー、カイ、次会うときどんな様子だったか教えてねっ」

「待て。待て待て待て、何があった何をやったあいつに?!」

 ひたすらぼやくシュムを適当にやり過ごしていたカイは、ディーの名が出た途端に目を剥いた。何をされたって設問がないんだからやっぱり信頼し合ってるじゃない、と、シュムは妙なところで頭が一部冷えた。一部が冷えると、後は、朝の正常な空気に全てが冷やされる。

 じとりと、やたらと身を乗り出してきたカイを睨みつけた。

「知らない」

「は?!」

「気になるなら直接訊いたら? ほら、そろそろ師範が動くみたいだし、行くよ」

 待て、ともう一度言われた気がするが、言われて素直に待つはずがない。

 ディーの言葉はリチャードとジェイムスに裏付けを取ってもらい、その間にシュムも魔導用の道具を見繕った。体調不良で動けないようでは意味がない。

 一人分の結界を張れる腕輪を二つと、召喚のための水晶玉。前者はシュムとカイとで一つずつ身につけ、後者は、万一のときにあちらから誰かを召喚するための用意。

 シュムであれば召喚は簡単にできるのだが、契約を交わすときにはちゃんとした手順を踏みたい、と思ってのことだ。今では、シュムの魔法陣とわかって喚ばれてくれる者も増えてきたので、遊びや少し話を聞く程度ならともかく、命がけになりかねないような場合は避けたい。

 そういった調整と打ち合わせを終えた頃には、翌日になり日もとっぷりと暮れた。早朝狙いで、今ここにいる。

「ちゃんと役割は覚えてる?」

「…金髪のガキを捕まえりゃあいいんだろ」

 表情と雰囲気を総動員して納得がいかない、と主張しながらも、カイは律儀に返答を寄越した。シュムは少し考え、それでよろしく、といい加減に返す。

 ファウスにとりあえず目立って暴れてもらい、その隙にカイが王子(弟)を回収、離れて待機しているジェイムスに配達。一味はとっ捕まえて、ジェイムズに処分を任せる。正攻法と呼べばいいのか力任せと迷えばいいのかわからない計画だ。

 シュムがどう動くかはその場次第、などという曖昧要素の多すぎるまま実行に移ったのは、実動隊三人が、誰一人として緻密な計画の立案と実行に興味がなかったからという、お粗末な理由だったりする。シュムが気を利かせて、ジェイムスには計画の大筋しか話していないと思わせているが、それが全てだ。

 叔父に見つかったら厄介と屋敷に残らせたリチャードは、そのあたりのことを知って沈黙した。長い沈黙の後に紡がれた見送りの言葉は、けなげにも、皆が無事に帰って来られるよう祈っている、というものだった。

 シュムとカイは無言で小屋の裏に忍び寄り、内側からは死角になる窓の下に張り付いた。煉瓦の隙間に耳をつけると、中の声が漏れ聞こえる。数人の男がくだらない雑談をしてるが、子どもの声は聞こえない。

 カイを見ると、同じように耳をつけ、シュムに壁の一部に円を描くように指し示して見せた。シュムは頷き返し、壁に張り付くように端まで移動して立ち上がる。こちらの壁に、窓がないのは確認済だ。

 建物の蔭から首を突き出しているファウスを視界の端にとどめながらも、そのファウスにもらった剣を抜く。カイが、円を描いて見せた壁のあたりに屈んだまま、指先に高温の青い炎をともし、シュムの構えた剣目掛けて弾く。

 剣に、炎がともった。

 シュムはファウスに手を広げて見せ、ファウスが、肯いてから後ろ手に指を一本立てて建物の正面に戻っていったのを見届け、一、をファウスが指を出した瞬間に重ね、四、まで心の中で数えながらカイのところまで歩いて戻り、五、で、カイのいるところが大きく山形に残るよう、煉瓦の壁に切りつけた。

 青い炎が壁を焼き切って思い通りの軌跡を描き、その切り口に手をつけたカイが、山形になって切り離された壁を消し炭に変える。

 それとほぼ同時に、小屋の正面は切り刻まれ崩壊していた。

 小屋の中の男たちが、正面と背後のどちらかの壁を凝視した状態で立ちすくんでいるのが、消し炭になった壁の向こうに見えた。

「やー、やっぱ凄いなあ、師範。よく普通の剣一本で煉瓦の壁なんて斬れるよ」

「なっ…だっ…!?」

「何言ってんだ、こんなもの慣れだよ、慣れ」

「それはないと思う」

 驚く人攫い一味を無視して、呑気な会話を交わす師弟。

 まだ幼い王子は、ロープで両手足を縛られた状態で床に転がされていた。ちょうど、カイが円を描いたあたりに。そこを、カイが引っ張って回収、即座に抱えて駆け出す。

「あっ! てめっ、待ちっ」

「はーいお相手はあっちとこっち」

 どうにか一番に我に返った片目の男に、シュムはにっこりと微笑んだ。カイに貰った炎は、小さなものだったのですでに消えている。あれを使うと、人相手では簡単に殺しかねないので、これで気兼ねなく奮えるというものだ。

 立ち塞がるのは、まだ少女にしか見えないシュムと、一見優男のファウス。男たちはすぐに片付くと思ったようだったが、見当違いもいいところだった。

「…終わり?」

 ファウスがお菓子をねだる子どものような声を上げるのに、そう時間はかからなかった。まだ、カイは結界の外にいるはずのジェイムスには出会えていないのだろうかというほどだ。

 その間に、ファウスが三人、シュムが四人を片付けている。シュムの方が多いのは、子どもと舐めてかかってきた数が多いからで、それでも一人はファウスがのしてくれた。

「師範、縄、お願いします」

「こんなの四人で息上げるなよ、シュム。体力は全ての基本って言っただろ」

「はい、気をつけます」

 息を上げるといっても多少弾んでいる程度だが、全く呼吸の乱れていないファウスに言われると素直に聞ける。こういうところは、ちゃんと師だと思う。例え、その口調がいつものように全く緊張感のないものでも。

「あーあ、こんな子どもまで。王子弟と同じくらいじゃないのか、こんなことに手を染めるなよ。人間、地道に努力するのが一番だぞ?」

 シュムよりも慣れた様子で男たちを縄で縛り上げていったファウスは、最後の子どもにも容赦なく縄をかけた後で、その顔をのぞきこんで緊張感なく叱った。が、言われた子どもの方は、自分が一番早く意識が戻ったのは手加減されてのことだと気づいた様子もなく、反抗的に目を逸らした。

 そんなだから子ども扱いされるのになあ、と、身に覚えのあるシュムは苦笑したが、少年は気付かず、何かを言いかけ――空気が震え、地面が揺れた。ふわりと体が浮いたような気がしたが、そうではなく、総身の毛が逆立ったと気付くまでに少しかかった。

「ん? 何だ? …柱?」

「見てきます師範は森の外に!」

「あ、ああ?」

 返事なのかどうかわからないファウスの声を後に、シュムは駆け出した。

 朝のまだ薄い空を背景に、カイやジェイムスたちがいるはずの方向に、魔導の領域の緑と黒の混じった光の柱が立ち上っていた。

 - 一覧 - 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送