遭遇
なんでこんなことに、と、シュムは密かに呻いた。
アンジーの働く酒場二階の一室で、一緒にテーブルを囲むのは、胡散臭い自称王子と神出鬼没の師範と監視及び警護対象。旅の途上にあるほうが多い師範はともかく、最後のリチャードには、何も知られてはいけないはずだというのにこの状態。
全て師範のせい、というのは責任転嫁かもしれないが、急ぐのは命の危険もある弟君だろう、とすべてをまとめてしまった。
こうなると半ば開き直り、それぞれの名前の紹介と簡単な経緯の説明を仕切ったのはシュムだった。
「…やはり叔父上は…」
「そこ。訊きたかったんだけど、あなたはアンジーとつきあってるの?」
ざっと話を聞いて沈痛な面持ちでいたリチャードは、ぎょっとした顔になって、慌てたように王子――ジェイムスを見て力の限りに首を振る。
「違う!」
「この店には、通ってた?」
「それは俺だ。話がしたいと言われて、何度かここで会っていた」
へえ、と呟いてシュムは黙り込んだ。
そうなると、依頼人の説明は勘違いか嘘ということになる。しかしそのどちらにしても、依頼の意図するところは、やはり証言者作りか、理由は違ったとしても、護衛。だがこれも、どちらにしてもシュムでは役者不足ではないのか。
それは、シュム諸共に殺して護衛はつけていたと言い張るにしても同じで。
――まあ、それを考えるのは後でもいい。
「とりあえず、そっちは守りきればいいと。協力してもらえるよね? それなら、ジェイムスの方に取り掛かれる」
「頼む、リチャード」
「は、はい…?」
ジェイムスの弟に関しては、まだ話していない。が、ジェイムスの今にもテーブルに頭を打ち付けそうに頭を下げそうな勢いに圧されたのか、リチャードはうっかりと肯いてしまう。
シュムは、ほんの一瞬だけ迷ったが止めず、一人、酒のグラスを片手にこちらを眺めている師範に目を向ける。
「師範も、協力してくれるんですよね? 依頼料はこの人が払います」
勝手に指名されたジェイムスが、顔をしかめながらもゆっくりと頷く。
「でもさ、師範が協力してくれるなら、あたしよりそっちにお願いしたほうが早いと思うんだけど? 言うなって言われたことに関しては口堅いし。強請るほどお金に困ってもないっていうか困ってても人の弱みに付け込むなんてまず考えつかないし思いついたところで実行するわけないし」
「…断言できるのか?」
「そんなことが出来るくらいなら、師匠の髪が白くなるはずもなかったんだよね」
「そのくらいで髪の色が変わるわけがないだろう」
「いや、あまりの衝撃体験に一夜にして髪が真っ白になったなんて話聞くぞ?」
ファウスの妙な補足に、シュムは眉間を揉んだ。師匠の髪の色が生まれつきに近いのは、兄弟のはずのファウスが一番知っているはずだというのに、よくまあ明後日の方向に話を投げられる。
それに乗せられて考え込むジェイムスもどうかと思うが、この際放って置こう。
「まあとにかく、やってほしいことさえちゃんと伝えられたら頼りになるのは保証する。てことで、あたしは手を引いてもいい?」
「オレ、お前の一人立ちを陰ながらひっそり見守りに来たんだぞ?」
「はじめから全然陰にいなかったけど?」
「ああ、うっかり」
その年でその一言で済ませるのか、と、シュムは皺の寄った眉間をもみほぐす。しかも、表情が言葉を裏切りすぎている。
沈鬱とさえ言えそうな顔つきのジェイムスと、おろおろとその様子を窺うリチャード、年齢よりもずっとずっと若くあるいは幼く見える風貌で笑うラティス。シュムは、その三人の顔を見比べて溜息を落とす。
空いていた宿の一室を借り受けて顔をつき合わせているが、いつまでもこうやっていていいはずがない。それこそ、ジェイムスの弟の命の問題もある。
「わかった。じゃあ、実働はあたしで師範が補助してくれてジェイムスとリチャードは被害の及ばないところで後方支援。さあ、場所を教えて」
「俺も行く」
「それじゃあ道案内よろしく」
さらりと振り分けた立ち位置に投げ入れられた異議を受け容れると、ジェイムスに驚いたように見つめられた。
シュムとしてはある程度は予想通りで、厄介ではあるが、正直なところこの青年の無事まで請け負った覚えはないので、自力でどうにかする前提でならどうとでも動いてもらって構わない。むしろ、自分の身内のためなのだから、高みの見物はない。
何とも言えない顔つきのジェイムスを置いて、シュムはリチャードへと視線を切り替える。
「えーと…旦那様。とりあえず、お屋敷戻ってもらえます?」
「…僕も、一緒に行く」
「あたしが優先する仕事は、旦那様の護衛なんですよ。むざむざ、危険にさらせるわけないじゃないですか」
「そうだとしても…屋敷には叔父上がいる。叔父上が僕の命を狙うなら、むしろ、戻ることこそが危険じゃないのか」
「あちらには相棒がいます。それに」
「相棒?」
素っ頓狂なファウスの声に、シュムは、うっかりと喋り過ぎそうになっていたことに気付いた。リチャードの叔父が敵か味方か、その判断はまだついていない。それならば、敵と思ってもらっていた方が安全だ。
助けてくれたのかと師を見るが、露骨にしげしげと見つめられ、思わずやや身を引く。
「誰だどんな奴だ、紹介しろよ」
「…カイだよ」
「なんだあいつ、またこっちにいるのか? そいつは、是非とも会っておかないとな」
ファウスにとってはカイも弟子のはずだが、面白い遊び相手を見つけたかのような顔をしている。実際、似たようなものかもしれない。
ファウスの弟子の扱いは、ほとんどが組み手の相手、力が違いすぎればただの暴力のようなものなのだから、今まで弟子が逃げていったというのも肯ける。シュムにしても、がむしゃらに突っかかっていたカイがいずに一人だけで相手をしていれば、逃げ出したかもしれない。
「組み手は後にしてね。あ、カイに旦那様の周りに気をつけてって伝えておいて」
「ああ。ん?」
「とりあえず師範、ぼっちゃんとお屋敷に行ってくださいね。一人で帰すわけにはいかないし、あたし、ここでもうちょっと詳しく話聞いてるから、すぐに戻ってきてください」
「俺、お前の師匠じゃなかったっけ?」
「今更何当たり前の事言ってるんですか、師範」
「そうだよなあ。あれ?」
「頼りにしてます、お願いしますね」
にっこりと笑顔で指示を出すシュムに、首を傾げながらも、ファウスはリチャードをつれて部屋を出て行った。
ジェイムスが妙な顔つきで見ているのに気付き、更に笑みを振り撒いてみる。
「何か?」
「…本当に、頼りになるのか、あの人は」
「腕と野生の勘はぴかいち。きっとあたしは、あの人には一生敵わないよ」
誰にも言ったことはなかったが、本心だ。それは、技巧や武力だけの問題ではなく。
「まあ、あたしたちのことはどうでもいいでしょ。弟さんのことと、犯人のことと。関係のあるなしはこっちで判断するから、洗いざらい話してくれる?」
なんだか悪役っぽい台詞だ、と思いながら、シュムは小首を傾げて見せた。
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