遭遇


「ところで、ご当主付のメイドって何をすればいいんですか?」

 メイド頭に命じられた少女――建前上は仕事仲間に叩き起こされ連れて行かれた食堂で、意外にも量のある食事を食べ終え、各自の仕事場に散っていく人々を横目に、メイド頭にそう訊いた。鋭く見つめられる。頭をひっつめにしているせいか、眼がやや釣り上がっている。

 起こしてくれた少女曰く、メイド頭はいつもはこの時間に食事を取ることはないという。そして今も、こうしてこの場に残っている。それを自分のためと取るのは思い違いだろうか。

 シュムがそう考えるほどには、じっくりと見つめられた。その視線に何かを透かし読まれそうで、内心、ひぃと悲鳴を上げる。厳格で公正ということだから、シュムの突然の採用に苛立ちを感じているのかもしれない。それはいよいよ拙い。

「来なさい」

「はい」

 鉄を均したような温度のない声音に、とりあえず即座に返事だけはして、音もなく翻されたふんわりとしたスカートの裾を追う。シュムも多少の足音くらいは消せるが、着慣れない布の多いメイド服に、どうしようもなく衣擦れの音は出た。

 迷いないメイド頭の歩みは、見ていて心地いい。背筋もピンと伸び、一歩一歩が安定して、滑るように進む。

 うっかりと見とれかけていたシュムは、ある扉の前で立ち止まった背中に、危うく突っ込みかけて体ごとブレーキをかけた。

「…」

「す、すみません」

 無言で見下ろされ、えへ、と笑う。気のせいか、溜息を落とされたがやはり無言で扉を開け、シュムを導き入れる。

 リネン室のようだが、誰もいない。元々人のいない時間帯なのか、人払いがされたのかシュムには判らないが、どちらであっても同じことかと思いなおす。

 とりあえず彼女は、人のいないところで話をしたいらしい。

「――話は聞いています。あなたにこちらの仕事をしてもらうつもりはありません。直接ご当主のところへ向かってください。何か用事があれば、マリー、今朝あなたを呼びに行った子に言ってください」 

「もし時間があれば、質問、いいですか?」

「何か」

「ご当主と――補佐の方。仲、悪いんですか?」

 メイド頭の表情は変わらない。だが、空気が微妙に揺らいだような気がした。

「先代がいらっしゃった頃は、とても、仲良くされていました」

「先代と言うと、えーと」

「リチャード様のお父上です。六年前、ご夫婦ともに亡くなられてました。レオナルド様は、先代の弟に当たります。他に家族がいらっしゃらないだけに、リチャード様のことも大変可愛がられていらして」

 とてもそんな風には見えなかった、との言葉は呑み込む。

 メイド頭は、わずかにシュムの視線を避けるように目を伏せ、しかし言葉を止めることはなかった。きつく抑えられた声は、よくよく耳を傾ければ完全ではないと知れる。

「後見人こそ、トレディア家…お母様方の祖父君ですが、こちらでのことはほぼレオナルド様に一任されております」

「えーと…どうして…?」

「リチャード様は、普段はご領地においでです。こちらに来られるのは、年に二度や三度、多くても数度といったところです。ですが、それでは何かと不都合ですので、このお屋敷にはレオナルド様が滞在されているのです」

「あーなるほど。メイドさんとかは?」

「いつもは数名連れて来られるのですが、今回はお一人でした」

 何故か判らないが引っかかりを感じ、シュムはじっとメイド頭を見詰めた。気のせいか、質問を待ち構えているようにも思える。

 貴族の常識なんてわからないんだけどなあ、と心中ぼやきながら、シュムは何を促されているのかと聞いたことを頭の中でまとめる。

 たった一人でやって来た当主。

「ご当主が来る回数が決まってないみたいだけど、そういうのはどのくらい前もって判るものなんですか?」

「その時々で異なりますが、今回は報せもなく突然いらっしゃいました」

「そういうことは、今までにも?」

「代替わりしてからはじめてのことです。お一人でいらっしゃったのも」  

 それが何を示すのかはまだ判らないが、彼女が伝えたかったことの一つはこれだと確信する。

 何かが起きていると、彼女は思っているのだと。

 生真面目なメイド頭の、しっかりとしわの刻まれた顔を見上げ、シュムは思わず微笑んでいた。真っ直ぐと見つめ返す眼は、平静を前面にしつつも、心配を隠し切れずにいる。

 使用人に慕われる主人は、少なくとも悪逆ではない。そう教えてくれたのは、各地を放浪して回るファウスだ。

 リチャードかレオナルド、あるいはその両方を、彼女は大切に思っている。

「ご当主が突然やって来た目的は知りませんか?」

「帳簿や管理記録をお調べのようです。――他には何か?」 

「よく、こんな怪しい小娘に色々と話す気になりましたね」

 皮肉でも探りを入れるのでもなく、素直な感想だ。少なくともシュムなら、躊躇うだろう。自覚や内情はともかく、何も知らずに見たシュムの外見と現状は、得体の知れない子どもだ。

 メイド頭は、顔色を変えることもなくじっとシュムを見詰めた。その眼からは何も読み取れず、シュムはじわりと背に汗をかく。

 彼女が口を開いたのは、そんな沈黙がしばらく落ちた後だった。溜息に似た息を吐く。

「ジョージ・ロックウェルは私の父です」

 剣士のギルドでこの仕事を斡旋してくれた人物の名だろうかと思い至るまでに、シュムは、長々と背筋の伸びたメイド頭を見上げていた。その間、彼女は黙ったままシュムを見つめ返している。

 ああ、というシュムの間の抜けた声に、ふっと目を逸らす。

「以上でよろしいですね」

「あ、えっと、はい、とりあえずは。ありがとうございます」

「では、仕事に戻ってください」

「はい――あの、厚かましいとは思いますけど、一つお願いがあります。今回の仕事のために」 

 一度は逸れた視線が、再びシュムの上に留まる。

 シュムは、どうしようかと考えたものの、結局笑顔を選んだ。とりあえずは、そのくらいしか出来なかった。

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