遭遇
「どう、似合う?」
ふんわりと広がるスカートを一回転させて、にこりと笑いかける。黒と白が基調のドレスに、袖や襟ぐりは、動く邪魔にはならない程度にたっぷりの布やレースで飾り立てられている。結い上げた黒髪には、白のヘッドドレスがちょこんとのる。
一方で、こちらも黒と白のお仕着せを身に着けたカイは、ぽかんと目の前の少女を見つめた。
「…シュム、か…?」
「えーとごめん、カイのあたし認定は一体何? 服や髪形変わったくらいでわからなくなるってそれ、あたしが成長止まってなかったら顔合わせるごとに誰、とか言われたってこと?」
シュムは、呆れ顔で溜息をついた。村を出て以来のスカート、しかも質の良さに浮かれていたのに、早々に水を差されてしまった。
与えられた仕着せは、シュムは家人周りの小間物使い、カイは護衛のものだ。
「いや…似合ってる」
「いいよもう、無理に褒めなくたって。でもまあ、いいねこれ。暗器隠し放題だし」
「武器なんか隠してるのか?」
「素手は限界があるよ。さすがに剣は持てないし。あ、預かっててねそれ。使っていいから」
シュムはためしに、ガーターには当然、袖口や襟元にスカートの皺部分にと、あちこちに携帯用の武器を仕込み終えている。剣ほど扱いは得意ではないが、使えないものは仕込んでいない。
カイは胡乱気にシュムを見遣り、首を振った。むっとしたシュムが詰め寄ると、慣れない革靴に足をもつれさせ、カイの大きな体が揺れる。
「失礼、待たせて――」
「あ。気にしないでください」
シュムたちにとって悪い間で部屋に入ってきた男に、シュムは、急いでにっこりと笑みをひらめかせた。倒れかけたところを壁に支えられているカイからは、きっぱりと視線を切る。いささか恨めしげな視線を向けられているのだが、それも無視だ。
入って来たのは、渋皮色の髪を撫で付けた、四十ほどの男。しかしよくよく見れば、五つ六つは若そうだと判る。老けて見えるのは、堅苦しい髪型と服装に負うところが大きい。あとは、わずかばかりのくたびれた表情。
眼鏡の奥で瞬きを繰り返した男は、カイとシュムとを見比べ、やがてカイに定め、歩み寄った。
「君が、ギルドの紹介で来たシュム・リーディストか?」
「残念ながら、それはあたしの名前ですよ、ご依頼主さん。お仕着せ用意しときながら、聞いてなかったの? それ以前に、彼では護衛と判らない護衛は無理だと思いますよ」
ようやくまともに向いた視線に、再度にっこりと笑顔を見せる。
男は、幾らか困惑気味にカイを一瞥してからシュムを見つめた。品物の価値を推し量るような視線に、肩をすくめて見せる。シュム、という珍しい響きでは男女どちらか判らなかったのだろう。あるいは知った上で、年長のカイに話をするのが当然と思ったか。
「実技試験が必要なら受けますよ。そもそも、今日はとりあえずお話をということだったはずですし」
それなのに手際よく仕事着が用意されていて、着替えるよう促されたものだから驚いたのは事実だ。可愛らしく首を傾げたシュムだが、男にどう映ったかは判らない。
ただ、不幸そうな顔にうっすらと不愉快さが上乗せされた。あからさまに身分の低い者に当たり前のことを指摘されるのは慣れていないのかもしれない、と胸の内で呟く。これは断られるかな、他に何か仕事見つかるかな、というこれも心の声だ。
笑顔の下のそれらの思惑には気付かず、男は誤魔化すように眼鏡を押し上げた。
「いや。他に適当な者も見当たらないということだから、こちらでは採用するつもりになっていたんだ」
言い訳にもならない言葉を口にして、じっとシュムを見る。思ったよりも強い視線に、胸の内で首を傾げる。品定めは判るのだが、何か違和感がある。何が、と指摘できないのがもどかしい。
「君が仕事を請けるなら、彼は?」
「たまたま手が空いていたもので。折角服もお借りしたことですし、空きがあれば臨時雇いにしてもらえると助かります。あたし一人での対処が難しいときにも、慣れた連絡役がいる方が便利ですから」
既に、カイと話はしている。シュムは観光でもしていればいいと言ったのだが、特にやりたいこともないとついて来て、前言通りに手伝うつもりでいたらしい。そうとなれば、断る理由もない。
シュムとしても、師らの元を離れてまだ半年ほど、実際に請け負った仕事はまだ正確に数を上げられる程度でしかない。協力者がいれば頼もしい。
男は、しばし腕組みをして考える素振りを見せた後で、承諾した。
「それでは、当主に紹介しよう」
「え。話は? 説明とか、打ち合わせとか、なしで早速仕事でいいんですか?」
「ギルドから聞いているだろう」
「ご当主がどうも悪い女に引っ掛かっているようだから、街を離れて領地に向かうまで阻止しろという程度は聞いてますけど、具体的なことは聞いてませんよ。妨害が目的でどうして護衛なんて雇おうとしたのかも、さっぱり」
男は、舌打ちこそしなかったが、あからさまに顔をしかめた。
「聞いていないのか」
「だって、ギルドにお話しされていないでしょう?」
そもそも、提示された内容はお粗末とさえ言えるものだった。報酬がいいだけに、これでは若輩の未熟者が喜んで飛びつくのではないかという代物だ。シュムにこの話を回した老人自身、あまりいい顔はしていなかった。お前さんが乗らなければ断るよ、という言葉は、信頼の証と取っていいのかは悩むところだが。
名前こそあらかじめ聞いていたが一度も名乗っていない男は、うんざりとしたようにシュムとカイを見据えた。
「概略はその通りだ。酒場の女に熱を上げ、その上、当家の存在に感付いたらしく良くない筋にまで話が伝わっているらしい。下手をすれば、誘拐だの隠し子だのといった話になりかねない」
「ああ、護衛が必要なのはそのよくない筋に対してなんですね。でもそれだけなら、屋敷に軟禁でもしておけばいいのでは?」
「忘れているようだが、当主は彼だ」
後見人ですらなくて補佐でしたっけ、との言葉は不興を買うだけだろうので仕舞い込む。
「だから、飽くまで君たちは新しく雇った使用人だ。当主専属の小間使いだな。他の者にも話はしてあるから、雑用はあまり気にしなくていい、とにかく当主についていてくれ。依頼のことは口外しないように」
「そんなことしたら、すぐにばれちゃいませんか?」
「使用人のことなど気にするはずがないだろう」
束の間、言葉を失う。怒りはないが、そんなことをとりあえずは使用人として扱われることになるシュムらを前に堂々と口にするところに呆れる。
だから、もう十分だろう、とドアノブに手をかけた当主補佐にシュムが声をかけたのは、そこまで深く考えてのことではなかった。
「ところで、ご当主の身柄の安全とお家の体面と、どちらを優先して守ればいいんですか?」
「――決まっているだろう」
「あ、その前に契約書。こういうことは、ちゃんとしておかないと後々問題になりかねませんからね。前金はギルドに預けていただいているとして、書類だけはきちんとしないと」
だからどっち、とは口にせず、明文化を促す。うっかりと、口約束で仕事を始めてしまうところだった。
「契約の獣」とも呼ばれるカイらとは意味合いも重要度も変わってくるが、一応、人の世でも契約は大切には違いない。
ごく初歩的なことを指摘された男は、またもやはっきりと顔をしかめた。
構わず、さっさと書類を作り、サインを求める。立会人は、他に見当たらないのでカイにしたが、果たしてこれは有効だろうか。まあいいか、と決める。
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