遭遇


 武芸と魔術と運で生活しているシュムは、幾つかの同業組合(ギルド)に加盟している。主には仕事の斡旋目的で、半年ほど前に師の元を出て以来、未だ売り込み中の段階だ。

 ここで、見かけが問題になってくる。

 シュムは魔導は実のところあまり得意ではないが、基礎程度は扱える。補助具を使えばちょっとした魔導師程度には並ぶ。体質から、召還術は自己流ながらも問題ない。そして武術に関しては、素手と剣術が得意で、一通りの得物も扱える。それら全てを組み合わせれば、ちょっとした問題事は力ずくでも解決できる。

 しかし、十一歳の少女にそれを期待しろという方が無理がある。常識としては。

「図体だけ大きい独活の大木よりはずっと、身軽に動けるあたしの方が断然有利だと思うけどね?」 

「いいか、お嬢ちゃん。ここは子どもの遊び場じゃねえんだ。よそへ行け」

「うーん、体に応じて頭の動きも鈍いのかな? あたし、ちゃんと加入試験突破して組合金も納めてるんだけど? 頭の中万年お花畑っぽい人に追い出されなきゃならないような理由が見当たらないなあ」

 にっこりと微笑み、シュムは露骨に挑発して見せた。この部分だけを聞けば喧嘩を売っているようだが、実際には買ったのだ。

 ギルドに加盟していれば、メダルや合言葉といった証を共有し、それを示せば情報を得られるようになっている。

 今回も、シュムはその手順に従って外部者には秘密とされている文様を描いて見せたのだが、窓口となった男は「大人の」加盟者から盗み取ったものと決め付け、情報提供はおろか、顔見知りへの取次ぎすらしようとはしなかった。他にも人はいたのだが、全て面識のない者ばかりだったのが災いした。

 シュムではなく、男にとって。

 酒場を兼ねた一角のことで、ギルドの関係者ばかりとはいえ、公衆の面前で面罵されたことには違いない。男は、面白いくらいに顔を真っ赤にして立ち上がった。

 シュムは、笑顔で迎え撃つ。こちらも、いい加減に苛立ちが頂点に達している。加盟のための試験には幹部の立会いが必須のため、上層部に取り次ぎさえすれば、シュムが正式な同盟者だとすぐに判る。それを怠っているのは、相手の非だ。

「表に出ようか、物壊しちゃ悪いしね。そんな大きな体が転がったら、それだけで床が抜けるよね。カイ、預かってて」

 シュムは、ベルトから剣を抜いた。剣士のギルドで、当然シュムの目の前で顔といわず体中を真っ赤にしている男も剣士だ。そして、同盟者を主張する以上、シュムもそうだ。それを素手で相手をするとなると、これ以上なく侮辱していることになる。

 今にも湯気を立てそうなほどに怒気をたぎらせる男に対して、シュムは、冷たい一瞥を向けた。

 通りに出るのを待つことなく、男が動いた。子どもを相手にしているつもりのはずが怒りが忘れさせたのか、剣を抜く。体に見合った大振りのそれは、切れ味よりも薙ぎ払い叩き潰すことに重点が置かれているような、重量級。

 シュムはひらりと、軌道から外れて建物の外に出た。

 大人が三人も並べば一杯になる程度の幅しかなく、居合わせた人々は一瞬、少女と大男の組み合わせに驚いたような顔をしたものの、迷惑そうにしかめられたものも少なくない。

 喧嘩や立ち回りは珍しいことではなく、鞘ごと剣を預かったカイは、さっそく賭けの対象にしようとする人々に、シュムの自信の根拠を訊かれている。

「あ、先に訊いておくけど、直属の上司は誰?」

「知るかっ」

 溜めを取りすぎた剣の振りようを呆れて見ながら、シュムは肩をすくめた。

「人によったら手加減してあげようと思ったけど、どうしよっかなー」

「コロス!」

「できもしないことは言わない方がいいと思う、なっ」

 草刈でもしそうな剣の動きをひらりひらりと避けきって、シュムは、間合いを計って強く地面を蹴った。男の膝と肩を足場に、刈り上げられた頭に着地する。安定は悪いが、更なる激昂は買えた。これ以上やると、血が沸騰しすぎて倒れるかもしれない。

 しかしシュムとしても、少々迷っていたのだ。せっかく買った喧嘩だが、この男では憂さ晴らしにもならない。叩きのめすと、弱い者いじめになりそうだ。

「んー。時間取る仕事請ける前に、もうちょっとここで名前売っていくべきだったかな」

「あれ以上やられたら王宮預かりになるわい」

「……親方!」 

 血が上っていたはずの男の声が、さっと蒼褪める。シュムは、首を傾げて現れた老人を見詰めた。老人とは言っても背筋は伸びて足取りにも危なげがなく、動きに無駄がない。見覚えはあるのだが、名前が出てこない。

 思い出せたのは、老人が男の向かいに立ち、シュムを見上げてにっと笑ったときだった。

「ロックウェルさん」

「思い出してくれたところで、そろそろ降りてやってくれんかね」

「あ、そうだね。止まり木とか通り名がついちゃったら気の毒だ」

 なるべく反動をつけないように、男の頭の上から飛び降りる。空中で一回転して老人の後ろに着地すると、やれやれと溜息をつかれた。

「お前さん、口が悪いのは変わらないね」

「この間会ってから二月三月しかたってないのに、そう簡単に変わらないって」

 師らの元を出て、シュムは真っ先に王都、つまりはこの街に向かった。仕事を探すには、ギルドに加盟するのが手っ取り早いと思ったからだ。多少手間取りながらも幾つかに加盟し、遠方での仕事を抱えて街を離れたのが一月ほど前のこと。

 加盟試験の立会い以来の老人は、一声かけて周囲を収めてしまうと、シュムと男に中に入るよう促した。

「…何者なんですか」

「本人に訊きなさい」

「あたしの言葉は信用できないらしいですよ。おかげで門前払い喰らって、あの騒ぎなんだから」

 湯気の立つお茶を前に、シュムと男、老人、カイは同じテーブルについた。

 このギルドの古株である老人と少女の組み合わせにか、先ほどシュムのやらかした騒動でか、ちらちらと視線を感じる。が、シュムは気にせず、カイも完全に無視している。落ち着かないのは、さっきから顔を赤くしたり青くしたりと忙しい男だけだ。

 老人は、溜息を湯気に隠した。

「ヨハン、お前も聞いているだろう。たった一月足らずで五つものギルドに加わった――」

「台風の目?! このガ…お嬢…この人が?!」

「台風の目?」

 椅子を蹴立てて立ち上がり、あんぐりと大口を開ける男から、老人に視線を移す。周囲にも、何やら先ほどとは違うざわめきが生じている。

 シュムは、それが通り名だろうとの推測はつけながら、首を傾げた。

「それ、あたし?」

「ふむ、まだお前さんにそう呼びかけた者はおらんのか。ぴったりだろう、周囲に嵐を巻き起こしながら、当のお前さんだけはけろりとしておるところが」 

「うわ、止まり木笑えない」

 勝手につけられたらしい通り名に、シュムは肩を落とした。

 通り名や二つ名は、本人が名乗るものもあればいつの間にかつけられているもの、特定の誰かが名付けたものなど様々だが、浸透するには納得のできる理由が必要になるのが相場だ。老人や周囲の様子からすればそれなりに広まっているようで、つまり、その説明も知れ渡っているということだろう。

「別にあたし、嵐なんて起こしてないんだけど。大体それなら、嵐でいいじゃない、どうして台風の目」

 老人は、器用にも肩をすくめて首を振った。

「あれほど由緒も実力もあるギルドの試験を短期間で突破しながら、何を今更。お前さんのおかげで、あちこちのギルドは大混乱になったのだぞ」

「ええ? そうなの?」

 シュムの生家は田舎の豪農で、そこから弟子入りした場所も人のあまり来ないような山のふもとだった。だから、ギルドの仕組みやつながりもいまいちよく飲み込めていない。

 とりあえず多く参加している方が良いのだろうと思ったのだが、よくよく聞けば、実力主義のギルドに幾つも加入したのは珍しいという。金銭でどうにかなるところはそれほどない話でもないようなのだが。

「でも、五つって言うけどそのうち三つは師匠の紹介状見せただけで入れてくれたんだよ? ここだって、師範の紹介状渡したら簡単な立会いだけでいいって言ったじゃない」

「そもそも、あの二人に弟子入りした上に独り立ちまで持っていったところが大騒ぎだ」

「へえ、そんなに有名なんだ、あの二人」

 変わり者の師らの顔を思い浮かべた。確かに、あの兄弟は実力のある人たちではある、と思う。

 ファウス・フォスターとラティス・フォスター。ラティスが魔導の師で、ファウスが武道の師だ。ファウスはこの国では珍しく全く魔力を持たない人だが、それを補って有り余るほどの野性の勘に優れていた。そして、強かった。

 各地の放浪が趣味だったファウスに出会い、シュムは師らに弟子入りした。

 老人は、呑気なシュムの反応に溜息をこぼした。

「ラティス・フォスターは弟子を取らないことで知れ渡っておって、ファウス・フォスターは弟子入り希望者が逃げ出すことで有名だ。お前さん、そんなことも知らずに弟子入りしたのか」

 ラティスの場合、シュムを放っておけば死にかねなかったから仕方なくだろう。おまけに、弟子としては筋が悪く、基礎しかできていない。こうなると、弟子と名乗ると悪い気がしてくる。

 そう思うと、ついつい視線が泳いだ。泳いだ先で、退屈そうにしているカイが目に留まる。

「ファウス師範の弟子といえば、カイもだけど」

 そこでようやく、老人と男の注意がカイにも向いた。向けられた方は、面倒臭そうに一瞥だけを向ける。

「ギルド加盟希望者かね?」

「あー、いえいえ。ちょっと…王都見物だからお気になさらず。あ、それで思い出した。お茶はいいんだけど、何かすぐにできるような仕事ないですか?」

「ふむ」

 短く考え込んだ老人は、一度ちらりとシュムを窺い、ううむ、と唸って黙り込んだ。

 シュムは、お茶をすすって大人しく待つ。ここが朝一番で来たギルドだから、なくても他に四件はあてがある。最悪、カイに日雇い労働でもやってもらうか、と勝手なことを決め込む。もしくは、その辺りで暴れるごろつきでも叩きのめせば、一日二日食い繋ぐくらいはできるだろう。

 平穏な場所で暮らしてきた、ある意味で箱入りにもかかわらず考え方が荒いのは、ファウスの教育の賜物だ。

「そうさな、丁度間が悪く」

 はあ、と溜息が挟み込まれる。

「おあつらえ向きのが一つある」

「…おあつらえ向きなのに間が悪い?」

 きょとんと見つめ返すと、より一層深い溜息で返された。

 そうして重々しく、老人は口を開く。

「さる方の護衛でな、極力護衛と判らないように、とのご希望だ。期間は、数日。数日後には領地に戻られるそうだから、都を出るまでが仕事ということだな」

「ふうん。でも、子どもがいる方が怪しまれない?」

「護衛対象は、今年で十五になるそうだ」

 なるほどそれはおあつらえ向きかも知れない。しかし、それにしてはこの嫌がりようは何事かと、シュムは老人を見詰めた。

「お前さんのような危険人物を、権力者の傍には置きたくないのだがねえ」

 老人は、それはそれは厭そうに言い放った。シュムを見る眼だけが、悪戯っぽく光っている。

 なんて食えない親父だ、と、ぼそりとシュムは呟いた。耳に入ってしまったらしい男が目を剥き、カイは、やれやれと首を振った。

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