入替


 何故こんなことになったのかが判らない。こんなこと――街の住人総出、とまでは言わないまでも大人数に、追い回される破目になっているのか。

「シュム」

「へーき…じゃ、ない、けど、まあ…なんとか」

 物凄い形相で追い掛け回されているがどうにも殺すつもりはないようで、ひたすら逃げ回っていれば疲れもする。子どもの体ではあるがしっかりと鍛えているシュムでも、さすがに息が切れている。

 カイは、汗ばみながらも微笑するシュムにもどかしくなった。

 あのくらいの人数なら、殺すことを懼れなければどうにでもできる。街からの脱出を阻む囲みも、獣や近隣との諍いの際に村を守るための防壁だと知らなければ、人々のその後の生活を無視してまえば、簡単に打ち破れる。

 だがカイは、シュムがまずそんな方法を選ぶはずのないことを知っている。

 にっ、とシュムは笑った。

「さて打開策として、誰か一人捕まえようか。できたら口が軽そうな人」

「…目的訊くってか」

「うん。囮と聞き出すのと、どっちがいい?」

 やることは決定してしまっているようだが、役どころを訊いて来るだけましになったと言えるだろうか。カイは、溜息を押し潰して右手を上げた。

「囮」

「待ち合わせは、んー、あそこの屋根の上は?」

「わかった」

 シュムの指差した、街の外れにあるくせに一番大きな、赤い屋根を確認して、カイは身を隠していた隙間から素早く外に出た。そのまま走り抜け、うろついていた住人たちの注意をわざとひきつける。慌てたように集まってくる住人たちの先頭を走りながら、しばらく時間を潰せばいいだろう。

 だが思っていた以上に、住人は多かった。当初より増え、今や、本当に総出ではないだろうか。

 やがて袋小路に追い込まれ、塀に背をつける。しまったどじを踏んだ、と思っても遅い。人並み外れてはいるが、住人たちの頭を跳び越えて人垣か塀を突破しようか、とも思案する。

「そこまで!」

 カイの服を掴んだいくつかの手が、少女の声に一瞬ゆるむ。ざわめきとともに、人々の視線は塀の上に移っていった。

「屋敷に行けって言うんでしょ、行くよ、乱暴する必要なんてない」

「…嬢ちゃんはともかく、そいつ、誘拐犯だろ」

「そこには深い事情ってものがあるの、知らないで口出さないでくれる? 大体、お屋敷の人は連れて来いって言っただけでしょ。怪我させたりしたら、舌噛み切ってだって抗議するけど?」

 塀の上で、胸を張って堂々と発言するシュムは、ひしめき合う人々の視線を一身に受けても動じることはなかった。何故かカイの方が、身がすくむ。

 無事でよかった、と思う反面、心配したのが馬鹿らしくもなるから不思議だ。

 シュムの発言に応じ、ゆっくりと、いかにも渋々といった風にカイの服から手が離され、わずかにではあるが押し寄せていた人々との間に隙間もできる。

 その間、シュムは人々を睥睨していた。鼠を狙う猫かこいつは、とは賢明にも口にはしない。

「さ、出た出た。降りられないじゃない。逃げたりしないから、案内にでも一人二人残ってくれたらいいよ。他の人は、元の仕事に戻ったら? こんな時間から囲い閉じちゃって、外じゃきっと何事かって騒ぎになってるよ。いいの?」

 住人たちからすれば元凶はシュムだろうに、あっさりとそんなことを言う。子どもに諭されたのが恥ずかしいのか、何人かはそそくさと小道を抜けて行った。

 最終的に小男と大男の凸凹とした二人組みが残り、大人の身長ほどもある高さの塀から、身軽にシュムが飛び降りる。

「じゃあ、連れて行ってくれる?」

「な、なんなんだよぅ、あんたらぁ」

 意外にも、大男が情けない口調でびくびくとシュムを見る。見る、と言っても、視線を向けては慌てて逸らしている。小心にもほどがある。

「愚図、どうだっていいだろ。とっとと終わらせんぞ」

 小男がそう言うと、シュムにもカイにも声をかけず、歩き出す。大男はおろおろとこちらと小男を見比べていたが、シュムが歩き出すと、慌てたように小男を追い、その後ろにぴたりとくっついて怒鳴りつけられている。

「…おい、どういうことだ?」

「はじめに話聞いたのが、おっきい方の人。ちっさい方の人は、お兄さんだって」

「逆じゃないのか?」

「聞こえてんぞ」

 ぎろりと、小男が睨みつける。わざわざ反応を示すのは、実は律儀かもしれない。それとも、許せない何かに触れたのだろうか。

 シュムが笑って手を振ると、ふいと、再び前を向いた。シュムも、あっさりと手を下ろす。

「あたしもよくわからないんだけど、ほら、赤い屋根のお屋敷。あそこの人が何か呼んでるとか。そうそう、誘拐犯と攫われた子どもだって」

 シュムは、誘拐犯、でカイを示し、攫われた子ども、で自分を指した。

「笑うとこかそれ」 

「あえて当て嵌めるなら逆だよね」

「…いやそういう問題か?」

「あれ、それ以外に問題が?」

 問題すぎていちいち指摘する気にもなれない。そもそも、シュムはわかってやっているに違いないのだから、律儀に付き合う必要もない。

 とりあえず、問題は絞られたようだ。

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