朝日が昇る前に、二人は集落を発った。
「…なあ?」
「どこかで、馬車を借りましょうか。そろそろ、兄も痺れを切らす頃でしょう。指名手配でもされたら、笑うに笑えない」
「そんなことじゃなくって」
「俺には、あれ以上できることはない」
アイリスとカルアには、幾通かの紹介状を渡した。リリアには、話をして金を渡した。
アイリスとカルアの場合、共倒れは常に付きまとう問題だ。何かあったときに、誰かがついていればどうにかできることもあるかもしれない。エバンスが話したのは、だから、そういったことだ。
紹介状も金も、それぞれ、思うようにすればいいと、エバンスは思う。手段だけ示しても、それ以上は関われない。関わってはいけない。エバンスは、多くの人を抱えられるほどに力はない。
口調が強くなったのは、苛立ちのせいだろう。はっとして顔を上げると、キールは、失敗したような笑顔で立っていた。
「なんでそこで怒るのか、わかんねーんだけど」
「怒ってません」
「それと、丁寧語で誤魔化すの、やめてくれない? 俺、そこまで馬鹿じゃないし」
エバンスの眼がようやく、キールの眼を真っ向から見た。
「どういうことですか?」
キールが唇に、うっすらとした笑みを載せる。逆にエバンスは、口を一文字に、引き締める。
「わざわざ距離取るために堅っ苦しい言い方して、だから親しまれないんだって、安心しないでくれない? あんたが距離置くのは勝手だけど、逃げときながら認めないのって、見苦しいだろ。耳障りだし、目障りだよ」
「癖をどう解釈されようと、気にしません。ご自由に」
「癖ねえ? 一生懸命、癖にしようとしてんだろ。情けねー」
「何がわかる」
エバンスの押し殺した声を、キールは鼻で笑う。
近くに集落はないようで、人通りはないが、二人の声に警戒しているのか、動物たちのざわめきすらない。大声ではないのだが、異様な空気を、敏感に捉えているのかもしれない。
「じゃあさ。あんたには、俺がこれまでどんなこと考えて生きてきたか、わかる?」
反応を待つ間を置いて、いよいよ、キールの口角は引き上げられる。
「わかるわけないよな? 俺だって、あんたが何をどう思いながら生きてきたかなんか知らねーよ。何も言わずにお前にはわからないって、なんで責められなきゃなんねーわけ? 俺、色々と人外な力持ってても、他の奴の考えなんてわかんねーっての。それとも、他の魔物とか人間だったらできんの? 便利だねー、それって言葉いらなくねー? あんたのそれはさ、庭を誰にも見えないように囲っときながら、花の美しさを称えろって言ってるようなもんだろ」
「…そんなことを言って、俺が処分を求めたらどうするつもりだ」
「不条理を訴えて、無理なら逃亡するに決まってるだろ」
「わかった。執行まで、常時見張りをつけるようにしておく」
言いながら、エバンスは笑っている。キールも、今度は本当に、笑顔だった。
でも、と、エバンスは視線を逸らす。
「何を期待されているのかは知らないけど、本当に、あれだけしかできないんだ。俺に出来ることなんて、ほとんどない」
「だーかーら、それじゃなくて。そこはもう、他に頼むしかないじゃん。じゃなくって、あの人。あ、名前知らねーや。あの美人さん。お金渡してた。もっと色々、話すこと、あったんじゃねーの? それはいいのかって言いたかったんだけど? あんた、考えすぎてまだ試してもないこと一杯諦めてきてそうだし」
エバンスが苦々しげな表情で黙り込んでいるのは、図星だからだろう。
キールは、肩をすくめた。
「行って来たらー?」
「…今更」
「今日あそこ出る気なら、近くの村にいてって頼んでる。地図にあっただろ? ちょっと戻るけど、指名手配されたらそのときってことで」
エバンスの唖然とした様子に、キールが噴き出す。
「で、どーするよ?」
「…ありがとう」
溜息と共に、その言葉は吐き出された。
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