鼓動


 なんとかできないのかなと、投げやりなようで強く願う口調に、エバンスは虚を突かれた。反射的に出かけた無理だという即断を、どうにか呑み込む。

 互いを思い合っていると判る二人は、確かに、どうにかしてやりたいとは思う。だが、どういった経緯で魂を共有することになったのかは判らないが、それほどに年数の経ったことではないだろう。それなのに女が「限界」と言うのは、それほどに、少女の得ていた病が重いものだったのだろう。普通であれば、まず間違いなく死に至るほどに。

 だから女は、言ってしまえば損ばかりを受けている。それなのに、最後に己を擲ってでも、少女を救いたいと言っている。

 できるなら、何とかしたいと思う。だが青年が、同じように、あるいはエバンスよりも強く、そう思っているのが、正直なところ意外だった。

「魂の共有について、どの程度知っていますか」

 女たちから少し距離を置き、囁くように問いかけると、うーんと、声が返った。

「それがどういうことなのかが全く判らないんだ、実は。どうやったら助けることになって、それって難しい?」

 がくりと、エバンスの頭が垂れた。

「何も判らないで言っていたんですか…。まず、一度融合した魂の分離は、不可能と言われています。そして、片方が死ねばもう片方も死ぬ。今は少女の病に、彼女が人の命を得ることで対抗しているようですが、あまり長くは持たないでしょうね」

「ああ…俺がしてたのと、似たようなことか」

「そう…ですね」

 言われてみればその通りだ。彼も、細り行く母親のために、他者の命を与えていた。

「彼女は、あの少女を護るために自分を放棄するつもりのようです」

「はあ?」

「魂の分離は不可能ですが、片方が死んでももう片方が巻き込まれない方法は、あるにはあるんです」

「なっ…!」

 息を呑んで、声を潜めることを忘れたように、張り上げる。

「駄目だろ、そんなの! 自分のせいで勝手に逝かれて、その後どうするんだよ?!」

 言った後でエバンスの責任ではないと気付いてか、悪い、と、短く謝った。

 しかしこうしていると、自分よりも余程人間らしいなと、エバンスは思った。誰かのために憤り、喜び、悲しむ。

 エバンスは、溜息をついた。

「アイリスさん、すみませんが、俺にはできません」

 言い返されそうなところに、急いで次を継いだ。

「俺は、その子に恨まれたくはありません」

「このままじゃあ、アタシたちは共倒れなんだ! だから、せめて――」

「確実な方法ではありませんが、医師や治療法なら、探せるかもしれません。こう見えても、人脈は広いんです。何も変わらないかもしれませんが、手を貸せるとすれば、それだけです」

 黙り込んでしまったアイリスに、朝には発つとだけ伝えた。そこに、青年の声が聞こえた。

「あのさー、俺が口出すことじゃないかもしれないけど、ここ、出た方がいいぜ?」

「掠め取るのに、手っ取り早いんだよ。少しくらいやつれたって、誰も気にやしないし」

「いやー、でも、嬢ちゃんだけでも出した方がいいと思うなあ、その…変な事されてるみたいだしさー」

「えっ?!」

 それらを背で聞いて、リリアの眠る小屋へと足を向ける。

 身請け出来るだけの金を出すと言えば、彼女は傷つくだろうか。後々の面倒を見るつもりもないのに、中途半端に情けをかけるべきではないだろうか。

 先ほどの二人と、リリアと、両方を思いながら、苦い息を吐く。例えばシュムなら、兄なら、もっと上手くやれたのではないか。

 つい、そう考えてしまう。しかしそれが一種の逃げだと、その自覚もあった。

「あれだけ騒いでも、誰も、顔も出さないのなー」

「それどころじゃないんでしょう」

「そ…そんなもんか…」

 当然のようについて来た青年を、振り返るつもりはなかった。もう答えは出したが、だからといって馴れ合う必要もない。むしろ、距離を置いていた方がいいに違いない。

「ところでさ、リー導師。怒ってないの?」

「何をですか」

「いや、術、勝手に解いたから。てっきり」

「構いません。ただ、今後は気をつけてください。最大限、あなたが自由にいられるように主張するつもりではいますが、俺は、そのことで人外全てを認めるつもりはありません。もっともそのまま通るとは思えませんから、下手に振舞えば、事がどう転がるかは判りません。自分のために、自重してください」

「…え?」

 青年の足が止まったのに気付いて、仕方なく、エバンスも歩みを止めた。

「むざむざと兄の目論見に乗るのも業腹ですが、だからといってあなたに八つ当たりをするのもお門違いでしょう。早朝に出ますから、早く眠った方がいいですよ」 

「あ…りがとう?」

「どうして疑問形なんですか。それ以前に、あなたに礼を言われるようなことではありません」

「何でそんな喧嘩腰なんだよ? って言うかさ、リー導師。いい加減、名前くらい読んでくれてもよくない? さっきの人は呼んだのに」

「彼女は、先ほどの少女以外に名で縛れる者はいませんからね。あなたは、多少なりとも違うでしょう」

「いやいや、俺も平気だって。リー…あ、俺が偽名で呼んでるから意地張ってる? えーと、なんだっけ、エヴァ?」

 一瞬、誰を恨めばいいのか判らなかった。

「却下」

「ええっ、でもそう呼ばれてただろー? じゃあ…イヴ?」

「俺が間違ってました。即刻、何らかの処分を要請することにします」

「うっわ、冗談でも人の身の振り方をそんな風に扱うもんじゃないぜ!?」

 本当に言葉通りにしてやろうかと、エバンスは、少し思った。



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