「アイリス!」
突然びくりと痙攣したかと思うと、そう叫んで、少女は走り出していた。すばしっこいその動きに、追いすがろうとして、途端にキールはバランスを崩した。
これは非常事態だろう、と、いい訳めいた言葉を胸のうちで呟いて、キールは己の動かない足に手を当てた。実はこのくらいなら、破ろうと思えばすぐにでもできた。それを思い留まっていたのは、ずるをしているとも思える能力の、使い道を決めかねていたからでもある。
「よっし、待ちな、嬢ちゃん」
姿の見えなくなった少女はだが、繋がれた鎖の気配を振りまいている。それを追いかけると、集落の反対側の端に出た。そこには意外すぎることに、あの魔導師もいた。
どこか荒んだ空気を放つ女と、その女にすがる少女を、推し量るように見つめている。
その視線がこちらを向き、まずい、と咄嗟に思ったキールだったが、エバンスは、何も言わずに女たちに向いた。
「俺も、話には聞いたことがあります。でもそうすると、確実に、一人は死にますよ」
「いいんだ。二人を支えるには無理でも、一人なら、人の寿命くらいはまっとうできる」
「アイリス…?」
「それに、彼女は知らないことのようですが?」
「アンタが頷いてさえくれたら、説得するよ。どうなの?」
キールには何の事だかさっぱり判らないのだが、それは少女も同じらしく、ただ、不安げに女にしがみついている。まるで、手を離してしまえば、消え去ってしまうかのようだ。
親子とも姉妹とも言いがたい、しかし否定しきれない組み合わせだが、二人の首には同じ首輪がかかり、鎖がつないでいた。
「もっと詳しい話を聞かなければ、何とも言えません」
「あのー、俺も話、入っていい?」
間抜けすぎる、とは思うが、このまま突っ立っていても、誰も何も説明はしてくれない気がする。女の視線が、初めてキールを捕らえた。
「アンタ…何?」
「え、それ俺が訊かれるの? 何って言われてもどうにも言いようがないんだけどさー? って言うか姉さんたちこそ、何? その首輪、何なんだよ?」
「首輪…?」
訝しげな声は、女と魔導師と、両方からのものだった。俺だけが見えてるのか、と、キールが首を傾げる。
しかし、いくら魔の側に属する物質とはいえ、魔導師と、何か妙だが魔物だろう女に、揃って見えていないというのはどういうことだろう。
「うーん。…嬢ちゃん、助けてくれって言ったのはその人なのか?」
「うん」
「カルア?」
問い質すように、女が少女を呼ぶ。少女は一瞬身をすくめたようだったが、一層強くしがみつき、真っ直ぐにキールを見つめた。
「私とアイリス、おなじタマシイなの。私、ほんとは、病で生きてられなかった。でもアイリスがいてくれたから、こうやっていられて…でもそのせいで、アイリス、どんどん悪くなっていくの。おねがい、アイリスを助けて!」
「カルア、アタシは…」
「病の分を、他者の命で購おうとしたのか。それもうまくいかないと判って、自分の身を代わりにしても、その少女を護ろうとしたんですね」
思いつめたような女が、半ば、エバンスを睨みつける。少女は、エバンスの言葉を理解するのに時間がかかったのか、間を置いて、女を止めるように泣きついた。
何で魔物が?
そう思いながらも、キールも、本当は判っていた。世間一般で言うように、彼らには全く情がないわけではない。むしろ、一途な分、深いのかもしれない。
「なあ、リー導師」
気付けば、キールはそう、声をかけていた。
「なんとかできないのかな、これ」
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