徒歩で行くと言われ、キール・ドーターは、素直に驚いたかおをして見せた。てっきり、歩きは伯母を送るまでと思い込んでいた。
「あんた、魔導師だろ? ひょいっと魔法で」
「物質移転の術なら、今のところ、私には生物での成功例はありませんね。どうしてもと言うなら、試してみてもいいですよ。風に乗りたいなら、私に頼らず他をあたってください。私が浮かばせられるのは、いいところ、椅子が一脚というところでしょうか。長くはもちませんが」
「…案外、魔法って役に立たないもんなのな」
「万能だとでも思っていましたか?」
返される言葉は、つくづく冷たい。おまけに馬鹿丁寧だ。慇懃無礼、という言葉を思い出さずにはいられない。
何か嫌われるようなことをしただろうか、と考えて、いやそもそも半魔の自分を嫌わない奴は少数か、と自嘲する。ごく少数でも嫌わない者がいてくれることが嬉しいと、そこに感謝をするべきだろう。
だからこれは、言葉を交わしてくれるだけ、ましというものだ。この魔導師は、まだ寛容だ。
「じゃあ馬は?」
隣を歩く男は、半拍間を置いた。すっと細められた目は、先ほどから、一度もキールを見ようとはしない。ひたすら真っ直ぐに、進む先を睨みつける。
「乗ったことがあるんですか?」
「あ。そう言や、ないか」
「この年の男二人が相乗りなんてしたら、人目を惹きすぎる上に、馬がすぐに潰れます」
この年の、と言うが、キールには、この男の年齢がいまいち判らない。二十歳前後――二十三のキールと似たような年齢にも思えるが、それにしては年寄りくさい。もしかすると若作りの三十代や四十代なんてことも、いやそれならあの少女は何者だ。
少女――つい先頃知り合った少女を思うと、一層判らなくなる。どう見ても十前後だというのに、その言動も能力も似つかわしくない。しかし、どう頑張っても子供。謎だ。
その少女はさて置いて、隣の男。
宮廷魔導師らしいのだが、件の少女にはいいように使われ、おまけに何だか、偉ぶっていない。権力がある者というのは、良くも悪くも、その威厳が付属物だというのに。それがないから、若く思えるのだろうか。
「行きますよ」
そんな会話を交わしたのが、数日前のこと。ひっそりと歩く日々は、それ以上に特に会話もないままにすぎてしまった。いや、あるにはあったのだが、魔導師は、聞いたことには答えるが、自分から何かを話し出すことはなかった。いい加減、キールでもめげる。
不意に、隣で溜息のような音がした。
「そろそろ日が暮れますね。すみませんが、今日も野宿に――」
「あれ? リー導師、あれ。村だよな?」
人目につきたくないという理由で、二人はほぼ獣道を歩いていた。そんな山中で、粗末ながら屋根と壁のある建物が見えた。ゆっくりと暮色の降りるこの時間に灯りもないから廃屋かもしれないが、廃屋に見えるほどに荒れているからこそ、火を惜しむほどの暮らしぶりの者たちがいるかもしれない。
男は、意外そうに眉をひそめた。
「地図には――」
言いかけて、はっとして口をつぐむ。ついでに、足も止まった。つられて、キールも歩みを止める。
影を落とした顔の表情は険しく、何事かと、まじまじと覗き込んでしまう。男は、キールのそんな視線に気付き、浅く息を吐いた。
「不躾なことを訊きますが」
「はあ」
「女性と寝たことは?」
「………?」
いくら世間知らずの育ちでも、キールも年相応の男だ。そのくらいで顔を赤らめることもないが、質問の意図がつかめない。訝しげな様子に気付いてか、男は言葉を重ねた。
「おそらく、あの集落は売春宿です。魔女の村などとも言いますが、呼び方はどうでもいいでしょう。完全に夜になったら、近隣の男たちがやって来るでしょうね。そんなところで野宿はできないし、距離を稼ごうにも、充分に離れるほど歩くのは難しいでしょう。もっと早くに、野宿の準備を言い出すべきでした」
「えーと?」
「ただ宿を借りるのも、難しいでしょう。できないことはないでしょうが、骨が折れる。それよりも、正規の手段で床を借りた方が早い。どうします?」
「いや、あの、だからって旅途中で、夜も寝ないで運動する方が問題じゃないデスカ?」
気のせいかもしれないが一瞬、男の視線が、哀れむような色を見せた。多分気のせいだ、思い過ごしだと、キールは自分に言い聞かせる。
男は、肩をすくめた。
「宿だけ借りる、ということでいいですか?」
そうしてくれ、と、キールは頷いた。自覚もあるが、実のところ、普通なら当たり前のことこそ、経験値はかなり低いのだ。
もっとも、興味がないわけではなかったのだが。
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