第十場


「早く戻らないかなあ」

「あらあなた、今度は何を企んでいるの?」

 自らお茶を淹れていた――普通、高貴な身分にある者はこういったことをしないものだが――アンジーは、ジェイムスの呟きに、たしなめるような表情をつくった。時々この王様は、いやに子供っぽい言動をする。

 今も、仕掛けたいたずらの結果を心待ちにするかのようだ。

 ジェイムスは、にかりと笑った。

「アン。君は、俺がこの国を潰したとしてもほしいものがあると言ったら、軽蔑するかな?」

 唐突な問いに、妻は夫をまじまじと見つめ、少し考えた。

「そうね。あなたがみんなに引きずり出されて串刺しにされたら、悲しんであげる」

「ありがとう。愛してるよ、アン」

「でも、あなたが殺されるなら、きっと私も、その前か後に殺されているのよね。子供たちも」

 アンジーは、お茶のカップをジェイムスの前に置き、自分の分のカップを、両手で抱え込んだ。

 湯気に立ち上るのは、上等の葉のいい香り。カップも茶葉もお湯さえも、全て、この国に暮らす民の生活から掠め取ったものだ。彼らの生活を守る代わりに、アンジーたちは生かしてもらっている。だからジェイムスの発言は、天に唾するようなものだ。

 だが、冗談ではないのだろう。

「そう。問題は、この国がなくなれば、僕のほしいものも、おそらくは全て消えてしまうということなんだ。困ったね」

「あなたらしいわ」

 そう言って、短いお茶の時間をすごすと、アンジーは王の執務室を後にした。そう長く仕事の邪魔をしてはいけないし、アンジーはアンジーで、王妃としての仕事もある。

 扉の前で、アンジーはジェイムスを振り返った。それを知っていたかのような瞳を見つめる。

「ねえ。その欲しいものの中には、私もいるのかしら?」

「決まっているだろう?」

「そう。それじゃあ、そのうちに聞かせてね。あなたのほしいもののこと」

「ああ、約束するよ」

 部屋を出る妻を見送り、ジェイムスは、今度は聞こえないだろう呟きをこぼした。

「多分、そうは待たせないよ」

 既に、準備は整えられている。あとは、エバンスが結果を持ち帰ってくるだけだ。さて、どう動くだろう。

 王は一人、執務室で笑みをこぼした。

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