第九場


 青年の足取りは、危なっかしかった。ふらふらと揺れて、酔っ払いの千鳥足かのようだ。大きく逸れそうになると、意識を戻してからろくに表情を変えないエバンスが、そっと軌道修正する。その反対の手には、たいまつが握られている。ちなみに、カイと青年の手には斧がある。

 青年は、エバンスをじとりとみつめた。

「俺さー? あんなひどいもん飲まされにゃならんような酷いこと、した?」

「真夏だったら、もっと苦くなってましたよ。真冬までとは言わなくても、今の時期だった幸運に感謝してください」

「いや、苦味っていうかえぐ味が…」

 同じ薬草でも季節で味が異なってくるのか、それとも違う薬草を使うのか。そのあたりは、後でシュムにでも訊けば判るだろうか。

 しかしなんとも呑気で、思わず、カイは笑ってしまった。気付かれて、二人から睨みつけられる。

「なんだよにーさん、ヒトゴトだと思って。後で、嬢ちゃんに言いつけてやる」

「場所を覚えているのは貴方だけなんですから、しっかりと見てください」

「あーはいはい」

 カイとて、はっきりと覚えているわけではない。だが、きっとあの声が姿を見せる――というのも妙な言い方だが、何がしかの道案内をかって出てくれるだろうという、根拠のない確信があった。

 しかし、それを口にするのも無責任のような気がして、とりあえず覚えている限りの道を、こうして進んでいる。まだ、エバンスにも覚えのあるところだろう。そろそろ、そうでもなくなるだろうが。

『あら。団体になっちゃって』

 出た、と思った。やはり声だけだ。

 だが不思議なことに、他の二人の反応はない。カイは一人、首をひねった。

「なあ。声、聞こえてないのか?」

「は?」

「いるんですか?」

 エバンスの返答に、青年が、ああそうか、と手を打つ。あの恐ろしい液体のせいで、記憶力まで落ちているのだろうか。

 声は、飄々と告げた。

『言ってなかったかしら? あなた、私の声が聞こえる稀有な存在なのよね』

「そういうことは早く言え」

『だって、要件だけ話せって言って、あなた、さっさと行っちゃったじゃない』

 溜息をこぼしたカイは、同行者たちの視線に気付き、自分にだけ聞こえるらしい声のことを話した。

「僕たちの声は、聞こえるんですか?」

『ええ』

「聞こえるらしい」

 まどろっこしい。だがこれで、こちらの声が聞こえていなければ、更にややこしくなるところだった。カイはそう思って半ば安堵の息を吐いたが、自分が臨時の通訳になってしまったことにも気付き、今度は深々と、溜息をついた。

「では、お尋ねします。目的の木――と呼んでいいのか判りませんが、それは、どこにあるんですか? そして対処方は、切り倒して燃やす、本当にそれだけでいいんですか? 相手の妨害作は判りますか? それと、僕たちの体には、種が蒔かれているんでしょう? それは、放置しておいていいんでしょうか」

『私の正体は、聞かなくていいの?』

「聞いて何か変わりますか? 誰が言っているにしても、内容が本当なら、対処法を知るという点では時間の無駄だし、嘘なら、自ずと判るでしょう? やはり、時間の無駄です。そもそも正体について、本当のことを言いますか? あなたが言いたいというのなら、ご自由に」

『あらら』

 呆れるような、感心するような声。

 洞窟に入る前に、夜が明けても誰も戻らないようなら、洞窟に火をつけるよう、シュムに指示してある。そのことで種を植えられた者が命を落とすかもしれないが、これ以上被害者を増やすわけにはいかない、と。

 カイには、シュムが実行できるとも思えないのだが、エバンスは、見せ掛けだけかもしれないが、信じているようだ。

『それじゃあ、仕方ないわね。このまま、真っ直ぐ進んで頂戴。壁に当たるけど、それも抜けて。判るわよね?』

 あの、見せ掛けの壁に当たるのだろう。カイは、頷いてから果たして判るのかと、声に出して理解したことを知らせた。

 カイが通訳をすると、青年はいくらかましになったとはいえ、やはりふらついた足取りで、エバンスは迷いなく真っ直ぐに、先を急いだ。後は、歩きながらということだろう。

 声も、理解したのかしていないのか、平然と続ける。距離感が変わらないが、一緒に移動しているのだろうか。

『あれは、切り倒してくれたら、それでいいの。根を掘り返してもいいかもしれないけど、燃やす必要もないかもしれないわね。でも、残ってても厭でしょう? 元々が、根を張れなければ弱いものだからね。種も、自然に枯れると思うわよ。確かなことは言えないけど、そのあたりは、貴方たちに解決法を見つけてもらうしかないわね。えーとそれと、妨害策、だったかしら』

 考えるような間が、開く。その隙に、カイは要点をまとめて伝えた。

『枝や根を使った直接の攻撃と、あの辺りに住み着いてる生き物をけしかけたり――これが結構厄介なのよね。あれがあるせいか、あそこって異様に生き物の成長がよくって。ほら、貴方たちも、かえるに攻撃されたでしょう? 種を植えた生き物を、どの程度までかは知らないけど、操れるみたい』

 その言葉に、エバンスが、わずかに唇を噛み締めた。ちらりと、視線を向けられたのが判った。正直なところ、迷惑だった。

『あとは、幻。いるはずのない人を映し出したり、ね。それで動きが止まってる間に、枝の直接攻撃』

 そのくらいかなあ、という声に、以上だと告げると、二人の足は、こころもち、速まった。

 カイだけ一人、距離を置いて続く。小声で、呼びかける。

「それで、あんたは何者だ?」

『本当のことを言わないかもしれないわよ?』

「あいつの言葉じゃないが、それで何か変わるのか?」

『そうね』

 短い返答は、何故か、淋しげだった。

『それじゃあ話すけど。今から言うこと、口止めはしないわ。あなたがいいと思ったら、他の人にも話して』

 妙な前置きをして、少女の声は、自らの正体にまつわる話を始めた。カイにしか、届かない声で。



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