第八場


「まぁっっずぅ!」

 目を閉じて、でろりとした濁った液体を飲み干した青年は、雄叫びめいた調子で言葉を吐き出した。

 対して、それを用意した魔導師は、涼しい顔で次に必要となるらしい用具や薬を、用意している。折って細くした布と、針と糸、蝋燭、血止めの効用のある薬草。あとは、よく切れる刃物(ナイフ)。

「知らないんですか。良薬口に苦し、という言葉を」

 返事はない。それどころでなく口元を押さえてうずくまる青年を、蝋燭に火を灯したシュムが、気の毒そうに眺めやった。シュムも魔導師も、手の片方は、常に青年に触れるよう注意している。

 民家で道具を借りたり森で薬草を集めたりしたために、多少時間が経っている。合間に昼食も挟んだせいもあるだろう。

 意識が戻って話を聞いた魔導師は、シュムのように顔色を変えることもなく、即答した。試させてください、と。

 但し、と即座に付け加えた。

『先に、本当に僕やシュムさんが術が使えないかを確認して、護符が効かないかも試してからのことです。それに、実際血をもらうとしたら、止血の用意や、増血剤も作った方がいいでしょう。痛みは――下手に薬を使って意識を混濁させると困るので、申し訳ありませんが、我慢してもらうしかないでしょうけど』

 そうして、効果のほどは措くとしても、ある程度の量は必要だろうから、自分とシュムの二人ともというわけにはいかないだろう、と言うと、シュムが、あっさりと辞退を申し出た。

 見くびってたなあ、という呟きが、カイの耳には届いていた。

「なあ。あれ、そんなにまずいのか?」

 そっとシュムに囁きかけると、苦いかおを返された。

「後で試してみる? あたしは、あれのおかげでしばらくうなされた」

「遠慮しとく」

 下手に迷ったりしたら、本当に飲まされかねない。即答したカイは、借り物の容器に張り付いて残った、増血剤だという怪しげな液体を、遠巻きに見つめた。

 あれを飲み干したのは、ある種、勇者だ。

「シュムさん、いいですか?」

「あ。うん」

 シュムが火で炙った短刀を渡すと、青年に歩み寄る。

 炙ったのは妙な病気が入り込まないためと聞いたが、カイには、儀式のようにも見える。魔導師は、腕を出してください、と、淡々と呼びかけた。

 腕の血管を短く切り開き、流れる血を飲み込む。眉こそしかめたが、それ以外に表立った表情の変化はない。上手く殺している。

 しばらくして、押し殺したような声で、布、とだけ言った。応じて、シュムが青年の腕の上部を布で縛り、魔導師は、切った部分に薬草をあてて少しすると、カイが火で炙った糸の通った針を受け取り、青年に声をかけ、傷口を縫い始めた。

 手早く済ませると、再度薬草をあて、真新しい布で傷口を覆った。

「少し、休んでください。つきあってもらえますね?」

 後半は、カイに向けてだ。洞窟に入っても大丈夫か、付き添いつきで確かめる。それは、はじめから決めていたことだ。頷く。

「ちょっと言ってくるな」

「うん。無理しないでね」

 しおらしい言葉をかけられ、調子が狂う。

 迷いもなく洞窟に足を踏み入れた魔導師は、しばらく立ち尽くし、ふっと力を抜いた。

「有効のようですね。あとは、どのくらいの間かということだけど…急ぎましょうか」

 そう言う顔は、洞窟という日陰に入ったからそう見えるのか、青ざめているような気がした。思わず、声をかける。

「大丈夫か?」

 ちらりと、行きかけた足を止めた魔導師が、視線をよこす。

「…吐きそうです」

 それだけでは足りないと思ったのか、言葉をつぐ。早口なのは、時間を気にしているからだろうか。

「血の煮凝りなんて料理もあるし、生き血を飲む地方もある。そうわかっていても、慣れないからか、やはり人だと思うからか、気分のいいものではありませんね。それはそうと。――僕は、貴方をどう呼べばいいんですか?」

 驚いた。

 毛嫌いされ、恐れられていたはずだ。それなのになんて、馬鹿なのだろう。ああそうか、愚直っていうのはこれかと、カイは、シュムから聞き知った言葉を思い浮かべた。

「シュムと同じでいい」

「では、カイさん。もしも効用が切れたなら、僕のことは構わず事を進めてください。邪魔なら、殺してくれても構いません。嬉しくはありませんがね、無論。でも僕のために、失敗する方が問題ですから。お願いします」

 きっぱりと言って、背を向けてしまう。

 だが魔導師は、気付いただろうか。そんな頼み事をされなかった方が、ずっと確実に、カイは彼を始末できたのだと。

 馬鹿は俺かと、カイは一人、心のうちで呻いた。



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