「まぁっっずぅ!」
目を閉じて、でろりとした濁った液体を飲み干した青年は、雄叫びめいた調子で言葉を吐き出した。
対して、それを用意した魔導師は、涼しい顔で次に必要となるらしい用具や薬を、用意している。折って細くした布と、針と糸、蝋燭、血止めの効用のある薬草。あとは、よく切れる刃物(ナイフ)。
「知らないんですか。良薬口に苦し、という言葉を」
返事はない。それどころでなく口元を押さえてうずくまる青年を、蝋燭に火を灯したシュムが、気の毒そうに眺めやった。シュムも魔導師も、手の片方は、常に青年に触れるよう注意している。
民家で道具を借りたり森で薬草を集めたりしたために、多少時間が経っている。合間に昼食も挟んだせいもあるだろう。
意識が戻って話を聞いた魔導師は、シュムのように顔色を変えることもなく、即答した。試させてください、と。
但し、と即座に付け加えた。
『先に、本当に僕やシュムさんが術が使えないかを確認して、護符が効かないかも試してからのことです。それに、実際血をもらうとしたら、止血の用意や、増血剤も作った方がいいでしょう。痛みは――下手に薬を使って意識を混濁させると困るので、申し訳ありませんが、我慢してもらうしかないでしょうけど』
そうして、効果のほどは措くとしても、ある程度の量は必要だろうから、自分とシュムの二人ともというわけにはいかないだろう、と言うと、シュムが、あっさりと辞退を申し出た。
見くびってたなあ、という呟きが、カイの耳には届いていた。
「なあ。あれ、そんなにまずいのか?」
そっとシュムに囁きかけると、苦いかおを返された。
「後で試してみる? あたしは、あれのおかげでしばらくうなされた」
「遠慮しとく」
下手に迷ったりしたら、本当に飲まされかねない。即答したカイは、借り物の容器に張り付いて残った、増血剤だという怪しげな液体を、遠巻きに見つめた。
あれを飲み干したのは、ある種、勇者だ。
「シュムさん、いいですか?」
「あ。うん」
シュムが火で炙った短刀を渡すと、青年に歩み寄る。
炙ったのは妙な病気が入り込まないためと聞いたが、カイには、儀式のようにも見える。魔導師は、腕を出してください、と、淡々と呼びかけた。
腕の血管を短く切り開き、流れる血を飲み込む。眉こそしかめたが、それ以外に表立った表情の変化はない。上手く殺している。
しばらくして、押し殺したような声で、布、とだけ言った。応じて、シュムが青年の腕の上部を布で縛り、魔導師は、切った部分に薬草をあてて少しすると、カイが火で炙った糸の通った針を受け取り、青年に声をかけ、傷口を縫い始めた。
手早く済ませると、再度薬草をあて、真新しい布で傷口を覆った。
「少し、休んでください。つきあってもらえますね?」
後半は、カイに向けてだ。洞窟に入っても大丈夫か、付き添いつきで確かめる。それは、はじめから決めていたことだ。頷く。
「ちょっと言ってくるな」
「うん。無理しないでね」
しおらしい言葉をかけられ、調子が狂う。
迷いもなく洞窟に足を踏み入れた魔導師は、しばらく立ち尽くし、ふっと力を抜いた。
「有効のようですね。あとは、どのくらいの間かということだけど…急ぎましょうか」
そう言う顔は、洞窟という日陰に入ったからそう見えるのか、青ざめているような気がした。思わず、声をかける。
「大丈夫か?」
ちらりと、行きかけた足を止めた魔導師が、視線をよこす。
「…吐きそうです」
それだけでは足りないと思ったのか、言葉をつぐ。早口なのは、時間を気にしているからだろうか。
「血の煮凝りなんて料理もあるし、生き血を飲む地方もある。そうわかっていても、慣れないからか、やはり人だと思うからか、気分のいいものではありませんね。それはそうと。――僕は、貴方をどう呼べばいいんですか?」
驚いた。
毛嫌いされ、恐れられていたはずだ。それなのになんて、馬鹿なのだろう。ああそうか、愚直っていうのはこれかと、カイは、シュムから聞き知った言葉を思い浮かべた。
「シュムと同じでいい」
「では、カイさん。もしも効用が切れたなら、僕のことは構わず事を進めてください。邪魔なら、殺してくれても構いません。嬉しくはありませんがね、無論。でも僕のために、失敗する方が問題ですから。お願いします」
きっぱりと言って、背を向けてしまう。
だが魔導師は、気付いただろうか。そんな頼み事をされなかった方が、ずっと確実に、カイは彼を始末できたのだと。
馬鹿は俺かと、カイは一人、心のうちで呻いた。
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