第八場


 二人からおおよその話を聞いて、カイは、じろりとシュムを睨みつけた。

「ここには近付くなって、言わなかったか?」

「ちょっと聞いた、今の。ものすっごくショック受けてるのに、酷くない?」

「そーだそーだ、つめたいぞにーさん!」

「…仲いいなお前ら」

 手をつないでいるせいで、余計にそう見える。カイは、まだ起きないのかと魔導師の頭を適当に叩きながら、溜息をこぼした。

 途端にシュムが、目をきらめかせる。

「ねえねえ、カイ、やいてる。度量狭いねー」

「ねー?」

 もはや、何を言う気も失せる。

 諦めて、今度はこちらの話をすることにした。ここで帰れと言って、聞くような二人ではない。シュムが、正気を保つ方法を見つけ出したとあっては、尚更だ。

 空元気は、見ていて辛い。

「きっと、元に戻すから」

 見聞きした全てを話し終えると、カイは、そう締め括った。シュムが、一瞬だけ表情を消した。そうして、笑う。

「うん」

 呟くように言って、それじゃあと、青年を見上げた。

「協力、というか尽力、よろしく」

「生贄のご要請は当方まで、って?」

 青年は、先ほどと変わらない笑みを浮かべた。

「喜んで? 俺、役に立つようなことなんてないし? 一個でもあるなら、もうけもの」

 その軽薄な笑顔を、小さな拳が殴った。

 拳の主は、にっこりと微笑んでいる。怒ったなと、カイは、心もち二人から距離を取った。

「人の話は正確に聞こうね? カイ、そんなこと聞いた?」

「いや、俺は聞いてない」

「だって。大体、一緒に行くんだから条件一緒でしょう? 自虐行為が好きなら、止めないから、完全にあたしから見えないところでやってくれない? あんまり鬱陶しいと、置いていくけど、いい?」

 ぽかんと、青年は、小さな少女を見つめた。しばらくして、ようやく動いたかと思ったら、声を上げて笑い出した。

「かぁっこいいなあ、嬢ちゃん! 俺いないと倒れそうになるのに、よく言うよそんなこと」

 呆れているのか感心しているのか、それとも嘲っているのか、大笑いしながらだから、判断がつかない。カイは、その頭に手を載せた。

 一瞬、びくりと警戒したのが判った。

「行く前に、こいつ起こしてくれないか? 置いていったらさすがにまずいだろ」

「…なんかもう、俺、あんたたち大好き」

「は?」

 押し殺したように、呟いた声が聞こえた。

 青年は、はいはいと軽く応えながら、だが、シュムを見た。

「嬢ちゃんのが得意じゃない? 俺、武術の心得とかないし」

「いいけど。あ、でもちょっと待って。もしここでエヴァ起こしちゃったら、キールの両手が塞がっちゃわない?」

 当然、残ることを選ばないとの前提で話している。そうだろうなと、カイも思う。

 そこでふと、思いついたことがあった。

「シュム。大人しく、こいつ連れて戻るつもりはないか?」

「ないけど?」

「でも、今の時点で、お前がいたところで、ただの足手まといでしかないって判るだろう?」

「うん。でも、厭な物は厭。エヴァに結界でも…」

 言いかけて黙り込んだのは、自身の術が、一切使えなかったことを思い出したためだろう。魔導師も使えなくなっていれば、結界など張れるはずもない。呆然と、シュムは立ち尽くす。

 カイは、そんなシュムから視線を逸らした。青年を見据える。

「強制じゃないからな。厭なら、はっきり言え」

「え、俺?」

「もしかしたらの話だ。あの声の言ったことが本当として、お前と同じ血だから攻撃できないなら、例えば、その血を体の中に入れたら、どうなる? 体が吸収するまでは、あるいは吸収しても、同じとみなされるかもしれない」

 はじめはきょとんとした青年とシュムは、ややあって、青年はなるほどと呟き、シュムは表情を強張らせた。

「試してみる?」

「そんな推測だけで――傷つけるの?」

「退かないんだろ? 残るか?」

 カイは、シュムと睨み合った。シュムは、いつもこうだ。自分が危険にさらされたり痛い目を見ることは恐れないのに、親しんだ者が傷付くことを、極度に恐れる。

「…なんか俺たち、忘れられちゃってるよなー?」

 小さく呟き、手近な岩に腰を落とした青年は、そこに背をもたれかけさせた魔導師をつつき、軽くため息をこぼした。その逆の手は、相変わらずシュムとつながれている。

 不意に、魔導師が顔を上げた。ぼんやりとした瞳が、徐々に焦点を結ぶ。

「なに…してるんです?」

 どこか眠たげな、疲れたような気だるい声。青年が、急いでその肩に触れた。力の逆流が、起こる。

 気付いた魔導師が、驚いたように見上げて、微笑んだようだった。

「ありがとうございます。ところで、どうなったんですか? 城ではないようですが、何故、そこにお二人がいるんですか?」

 にっこりと笑った魔導師は、手をつなぐ二人を向いていた。 



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