二人からおおよその話を聞いて、カイは、じろりとシュムを睨みつけた。
「ここには近付くなって、言わなかったか?」
「ちょっと聞いた、今の。ものすっごくショック受けてるのに、酷くない?」
「そーだそーだ、つめたいぞにーさん!」
「…仲いいなお前ら」
手をつないでいるせいで、余計にそう見える。カイは、まだ起きないのかと魔導師の頭を適当に叩きながら、溜息をこぼした。
途端にシュムが、目をきらめかせる。
「ねえねえ、カイ、やいてる。度量狭いねー」
「ねー?」
もはや、何を言う気も失せる。
諦めて、今度はこちらの話をすることにした。ここで帰れと言って、聞くような二人ではない。シュムが、正気を保つ方法を見つけ出したとあっては、尚更だ。
空元気は、見ていて辛い。
「きっと、元に戻すから」
見聞きした全てを話し終えると、カイは、そう締め括った。シュムが、一瞬だけ表情を消した。そうして、笑う。
「うん」
呟くように言って、それじゃあと、青年を見上げた。
「協力、というか尽力、よろしく」
「生贄のご要請は当方まで、って?」
青年は、先ほどと変わらない笑みを浮かべた。
「喜んで? 俺、役に立つようなことなんてないし? 一個でもあるなら、もうけもの」
その軽薄な笑顔を、小さな拳が殴った。
拳の主は、にっこりと微笑んでいる。怒ったなと、カイは、心もち二人から距離を取った。
「人の話は正確に聞こうね? カイ、そんなこと聞いた?」
「いや、俺は聞いてない」
「だって。大体、一緒に行くんだから条件一緒でしょう? 自虐行為が好きなら、止めないから、完全にあたしから見えないところでやってくれない? あんまり鬱陶しいと、置いていくけど、いい?」
ぽかんと、青年は、小さな少女を見つめた。しばらくして、ようやく動いたかと思ったら、声を上げて笑い出した。
「かぁっこいいなあ、嬢ちゃん! 俺いないと倒れそうになるのに、よく言うよそんなこと」
呆れているのか感心しているのか、それとも嘲っているのか、大笑いしながらだから、判断がつかない。カイは、その頭に手を載せた。
一瞬、びくりと警戒したのが判った。
「行く前に、こいつ起こしてくれないか? 置いていったらさすがにまずいだろ」
「…なんかもう、俺、あんたたち大好き」
「は?」
押し殺したように、呟いた声が聞こえた。
青年は、はいはいと軽く応えながら、だが、シュムを見た。
「嬢ちゃんのが得意じゃない? 俺、武術の心得とかないし」
「いいけど。あ、でもちょっと待って。もしここでエヴァ起こしちゃったら、キールの両手が塞がっちゃわない?」
当然、残ることを選ばないとの前提で話している。そうだろうなと、カイも思う。
そこでふと、思いついたことがあった。
「シュム。大人しく、こいつ連れて戻るつもりはないか?」
「ないけど?」
「でも、今の時点で、お前がいたところで、ただの足手まといでしかないって判るだろう?」
「うん。でも、厭な物は厭。エヴァに結界でも…」
言いかけて黙り込んだのは、自身の術が、一切使えなかったことを思い出したためだろう。魔導師も使えなくなっていれば、結界など張れるはずもない。呆然と、シュムは立ち尽くす。
カイは、そんなシュムから視線を逸らした。青年を見据える。
「強制じゃないからな。厭なら、はっきり言え」
「え、俺?」
「もしかしたらの話だ。あの声の言ったことが本当として、お前と同じ血だから攻撃できないなら、例えば、その血を体の中に入れたら、どうなる? 体が吸収するまでは、あるいは吸収しても、同じとみなされるかもしれない」
はじめはきょとんとした青年とシュムは、ややあって、青年はなるほどと呟き、シュムは表情を強張らせた。
「試してみる?」
「そんな推測だけで――傷つけるの?」
「退かないんだろ? 残るか?」
カイは、シュムと睨み合った。シュムは、いつもこうだ。自分が危険にさらされたり痛い目を見ることは恐れないのに、親しんだ者が傷付くことを、極度に恐れる。
「…なんか俺たち、忘れられちゃってるよなー?」
小さく呟き、手近な岩に腰を落とした青年は、そこに背をもたれかけさせた魔導師をつつき、軽くため息をこぼした。その逆の手は、相変わらずシュムとつながれている。
不意に、魔導師が顔を上げた。ぼんやりとした瞳が、徐々に焦点を結ぶ。
「なに…してるんです?」
どこか眠たげな、疲れたような気だるい声。青年が、急いでその肩に触れた。力の逆流が、起こる。
気付いた魔導師が、驚いたように見上げて、微笑んだようだった。
「ありがとうございます。ところで、どうなったんですか? 城ではないようですが、何故、そこにお二人がいるんですか?」
にっこりと笑った魔導師は、手をつなぐ二人を向いていた。
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