第六場


「気配って、仲間の感じみたいなの?」

 はじめに言葉を発したシュムに今度は視線が集まり、小さく首を傾げる。空になったスープ皿を、テーブルに置く。

「今更だけど、はじめまして。シュム・リーディストです。あなたはなんて呼べばいい?」

「これはご丁寧に。俺はキール・ドーター。できたらファーストネームでどうぞ」

「あれ、いいの? 名前、大丈夫?」

「これでの縛りはあんまりないから。リー導師も、そう呼んでくれていいぜ?」

 懸念が一つあっさりと片付き、拍子抜けする。訊けばよかったのか。しかも、名を呼ばずにいたことを気付かれていた。

 シュムの隣にも、意外そうなかおが並んでいた。彼にとっても予想外だったようだ。

「話を戻すけど、仲間を感じるときみたいに? カイは、そういった感じはしないって言ってたんだけど。あ、カイってこれね」

「物扱いかよ」

 拗ねない拗ねない、と軽く流して、回答を期待するように彼を見る。

 部屋の主は、そんな二人の様子を意外そうに見ていたが、シュムの視線に気付いて首を捻った。

「似てるといえば似てるけど、そこまではっきりはしてない。って言っても俺、あんまりお仲間に会わないから、はっきりしないけど。でも嬢ちゃん」

「シュム」

「嬢ちゃん。あんた、今熱があるんだろ? あの人も、微熱が続いてずっと体のだるさを訴えてた。ちょっとごめんよ」

 出し抜けに立ち上がり、シュムの額に触れる。熱をみる動作に似ているが、違うようだ。力――と呼べばいいのか、そういったものの流れがあるのが判る。それが、契約終了時に報酬を支払うときの光景に似ていて、思わず駆け寄って手を叩き落そうとする。

 それを、男が遮った。

「流れが逆だ。チビは、シュムに注いでる」

「…そんなことが?」

 それではまるで、治癒の術ではないか。呆然と、二人の様子に見入った。

「俺にはできないけどな」

 ごく自然に会話を交わしてから、そんなことははじめてだと気付く。ずっと、一方的に警戒していた。

 一時的なものなのか、半年前に不意打ちで契約の獣と契約を交わして生活を共にしたりしていたからなのかと、己を危ぶむ。彼らと馴れ合うつもりはないというのに。

 しばらくしてキールが手を離すと、シュムは、驚いたように目を瞠った。

「ありがとう?」

「いーって。別に俺、食事で賄えるし」

 言って、危なげのない足取りで椅子に戻る。その際にまた、クッキーを拾い上げていった。心なしか、シュムのやつれがなくなったようにも見える。

「いいのか?」

「うん? 村にいるなら、聞いてない? 死んじゃったんだよ」

「そうか」

 二人の会話の本当のところは判らないが、キールの母のことを言っているのだと察しはついた。母親に同じことをしていたと、そういうことになるのだろか。

 枷だったという、兄の言葉が脳裏をよぎる。

「ちょっとまとめると、あたしの状態とキールのお母さんが、同じ症状だってことだよね。つまり、原因も同じ? お母さんは、いつから?」

「俺を生んだ後には、寝たり起きたりだったって聞いたけどな。おかげで身近すぎて、今嬢ちゃんに会うまで違いがあったことにも気づいてなかった。ちなみにあの人は、徐々に衰弱していった」

「キールがさっきみたいなことをして、それを伸ばしてた?」

「えー…と」

「謙遜とか照れるのはなしでね。あたし、このまま衰弱死するのはごめんだから」

 顔の下半分を手で覆って表情を隠そうとしたキールに、シュムがにっこりと笑いかける。済んだことはそれとして、常に前向きなのが彼女だ。無神経さも、故意に織り込んだものだろう。

「あたしがこうなったと考えられるのは、森の洞窟なんだけど。でも、あそこに入ったら魂が抜けたみたいになるって聞いてたんだよ? あたし、魂が抜けてたように見えた? キールのお母さんは?」

 エバンスの聞いた話と同じだ。調査を頼んでこうなったのかと青ざめたが、それに気付いたシュムが、頼まれたのは後だよと注釈を加える。それでも、気が晴れるわけではなかった。

 それはともかくとして、シュムが疑問を呈したように、そんな状態とは思えない。

「その噂は、俺も耳にしました。死人が出たという話は聞いてますか?」

「いや。でも、反応はない。嬢ちゃんやあの人とは様子が違う」

「被害者を見かけたことが?」

「うん。小さな村だから、知り合いばかりだ。見舞いに行った」

「そのときには、気配には気付かなかったの?」

「あの辺りは、森が近いから…言い訳だな」

 自嘲じみた言いようだった。顔は、口元を手で覆ったまま俯いてしまい、見られない。

「森と同じ気配がするの?」

「え。…あ」

 シュムの反問に、呆然と顔を上げる。

「なんで…気付かなかったんだ…それなら俺は…」

 途中で見られていることを思い出したのか、言葉を飲み込む。

 そうして、何でもないように自然な表情をつくる。その過程を見ていても、気持ちの隠し方は見事なものだった。

「やっぱりあそこに何かあったってことだな。行って来るか」

「ちょっと待った。昨日洞窟には、あたしと一緒にカイも入ってる」

「え。にーさん、体に異常は? 疲れてない? 熱は?」

「何ともない。記録か何かないかと思ってきたんだが、ないのか」

「ないない。収穫高がいくらだとかそういったのしか残ってない。暇にあかせてそういったのはほとんど目を通したけど、森や洞窟に関しては魔女が住んでたとか植物がよく育ったとかくらい。あああとは、開拓期に小物の妖怪がたくさんいたとか」

 うーんと、それぞれが首を捻る。シュムとキールは、合間にクッキーをかじっている。

 シュムが、ぱっと顔を上げた。

「考えられるとすれば、一、耐性があった。二、人しか襲わない。三、複数入った場合は一人だけ。四、偶然。五、その他」

 大雑把だ。大雑把だが、多分間違ってはいない。というよりも、「その外」まで選択肢に入れてしまえば、間違いようがない。  

「ただ三つ目のやつは、どうなのかな。複数が入ったことってあるの?」

「ある。三人と二人が入って、みんな変になった。それと、入って無事に出てきた奴は多分ない」

 ということは、挙げられるのは四つ。前半の二つか他の確固たる理由があれば心強いが、そうでなければ条件は同じだ。

 話題の当事者は、平然と立ち上がった。

「記録がないなら行くしかないだろう。大丈夫な可能性が高いから、俺だけでいい」

「それを言うなら、あたしはもう被害受けてるんだから問題ないよね」

「阿呆、近付いてどうなったか忘れたのか」

「一つ、試してみたいことがあるんだ。エヴァ、人の体に結界張れる?」

「は?」

 言わんとしていることも目的も判るのだが、頭がついていかない。

 そういったことは、理論上は可能だ。だが、じっとしているのではなく動くと考えると、とてつもなく煩雑なものになる。頭の中では、早くも変形利用させる呪文や魔法陣を考えながらも、理性が停止を命じる。

 人に使用して反作用は出ないのか。そしてそれ以上に、効果はあるのか。

「とりあえず試してみて、洞窟に到着するまでにさっきみたいなことになったら引き返す。それでどう?」

「……できるのか」

 疑わしそうに、紅い目がこちらを向く。無理だと答えれば簡単なのだが、術師としては、試してみたいという思いが頭をもたげても来る。

「魔物には問題がないとなったら、俺だって半分はそうなんだけど?」

 残った一人までが口を挟み、いよいよ収拾がつかなくなった。



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